誰もがフェアに機会を得られる社会創りを -Baker & McKenzie 末冨純子

末冨純子

2020年は元には戻れないほどデジタル化した年と言っても過言ではありません。しかし「人」が大事であること、「人」が問題解決することに変わりはありません。

デジタル化が進んだ世の中だからこそ「人」に着目し、デジタルと寄り添いながら従事する弁護士の内面を伝えたく「弁護士の志や生き方」を読者に伝える為にインタビューを実施しました。

今回インタビューを受けてくださる先生は、Baker & McKenzieの末冨 純子さんです。


<学歴>
九州大学法学部政治学科 (LLB)
東京大学法学部 (LLB)
最高裁判所司法研修所修了
ニューヨーク大学ロースクール (LLM)
コーネル大学ロースクール (LLM)

<経歴>
2007年-2010年:外務省経済局WTO紛争処理室勤務
2015年-:早稲田大学法学部非常勤講師
2016年-2019年:財務省関税局特殊関税調査室顧問
2019年-2021年:東京弁護士会人権擁護委員会委員長、現副委員長
2019年-:財務省関税・外国為替等審議会専門委員
2020年-:法務省司法試験考査委員
2021年:金融庁金融審議会「資金決済ワーキング・グループ」委員

<資格>
2000年:日本
2006年:米国ニューヨーク州
2021年:Certificate of Harvard Business Analytics Program

<著書>
「二国間又は地域的な協定における紛争解決制度のWTO紛争解決制度への補完的機能と紛争解決制度の変革―再生可能エネルギーなどの環境関連案件を題材に―」『フィナンシャル・レビュー』第140号<特集>『現代国際社会における自由貿易に関する条約体制の諸相』(財務総合政策研究所、2019年11月)

『国際投資仲裁ガイドブック』(中央経済社2016年1月)

『Q&A FTA・EPA ハンドブック-関税節約スキームとしての活用法-』(民事法研究会2013年2月)
等多数。

子供の頃から弁護士気質を備えていた?

積極的に前に出るタイプではありませんでした。引っ込み思案で大人しい子でした。それでも小学校にあがると良くも悪くも色んなことが起こる中で、学級委員をやることで学び、社会の縮図として組み込まれたシステムの中で生きてきました。

目立ちたくない気持ちが大きいのですが、クラスの誰かにやって欲しいと言われたら断れない、お世話係的な立ち位置で指名されていました。考えてみると弁護士の仕事も「人助け」の側面があると思っているので、その頃から気質があったのかもしれません。

また、自宅に英語教材が購入されて持ち込まれた関係で英語は身近になりました。ゲーム感覚で学ぶことができる教材だったため、楽しく英語に触れられました。頭のどこかに、これから英語が必要だと思っていました。誰に言われた訳ではありませんが、英会話教材つながりで、英会話スクールにも通いました。

ほかには、ピアノを2歳から弾いていました。今でも事務所の吹奏楽部に所属して演奏したり、事務所のクリスマスパーティーでみんなで演奏したりして楽しんでいます。

多感な時期に体感した原爆の傷跡

高校時代に大きな経験をしました、生まれてはじめての転校です。高校3年生の時、生まれ育った福岡から広島へ引っ越しました。憧れて入学した高校だったので、当時はとても残念に思いました。ただ、今から振り返ると非常に意味があった出来事だったのではないかと考えています。原爆がはじめて落とされた場所に住むこと、さらには多感な高校3年生だった私にとっての広島は非常に深く思い出に残っています。通学時、自転車を走らせると横には平和記念公園があり、路面電車の中を見渡せば乗車客から原爆の傷跡を目の当たりにしました。思春期に戦争や原爆に触れたことは未だに私の記憶に刻まれています。

現在、グローバルの通商法や国際法を専門にしており、その目指すべきゴールは「国際平和」です。ビジネスのことも考慮しつつ、事案を解決するわけですが、究極的には国際通商がなぜ自由貿易を目指すのかというと国際平和が目的になっているからで、ブロック経済のような分断が否定される理由は全員が目指すべきゴールがあるからです。

誰かから話を聞いたり、観光で行ったりするのではなく、自分の住む場所が「平和とは何か」を突きつけてくる環境は全く別物で、たった1年の広島在住でしたが、貴重な経験となりました。17,8歳の微妙な年頃で多感な時期に、転校した先が広島だったことは、今行っている仕事を考えると、何か運命めいたものがあったようにも思えます。

世界を席巻していた日本企業の中で働いた経験が弁護士業務にもつながっている

学生時代、司法とは無縁の生活を送っていました。当時の日本企業は輝いて見えましたが、その状態がずっと続く訳ではないだろうという感覚があったため、今のうちというタイミングでビジネスを経験する機会をいただき民間企業へ入社しました。今振り返るとあの感覚は貴重で、成長し輝いている企業で働いたことは良い経験でした。

状況としては今の中国のような感じで勢いが良く、一方で摩擦も激しく米国からも欧州からも叩かれる、そんな時代でした。半導体の海外マーケティング部に配属され、そこで通商問題を学ぶ機会を得ました。この時に学んだことは今でも活きています。

それ以外にも、経理・会計、在庫管理、人事にも携わらせていただきました。弁護士になってから、倒産や会社更生等の案件を担当させていただけたのも、経理・会計の経験があったおかげかと思います。組織がどのような仕組みで動いているのか、意思決定はどのようなプロセスを経て行われるのかを目の前で見ることが出来たことは大きな経験でした。 そのような経験を通して、今ではご依頼いただく会社側の事情等を汲み取れる、推察ができることは助けになりますし、仕事をスムーズに前へ進めることに繋がっています。

米国留学を通じて身を持って知ったダイバーシティ

ワシントンDCでインターンをしていた2004年頃、ダイバーシティ(多様性)に関するカンファレンスへ誘われて参加しました。そこでは企業が成長するためにはダイバーシティは重要である、という議論が行われていました。現在、ようやく日本でもダイバーシティは大事だと議論されるようになりました。それでも先進国の中で女性の社会進出がほぼ最下位、日本は遅れている状況です。

ダイバーシティというと、マイノリティで虐げられている人に対して平等に手を差し伸べようと、どちらかというと福祉的な観点で語られることが日本では多く、米国では多様性が企業にとって、組織にとってビジネス的にプラスになると認識されていて積極的に取り入れられていたので、当時全く異なる印象を持ちました。近年では日本の企業もダイバーシティについて真摯に向き合い、前進しているのが肌で感じられるようになりました。

社会人として働き、時間が経過していくにつれて様々な場面に立ち会うと、実際には社会にはいろんな課題が存在し、ダイバーシティの問題についても、我々全てにつきつけられている問題であると思うようになってきました。

米国に留学し、日本の良さも知りました。生活するには日本が最も安心できます。ただ、良い価値観は取り入れるべきで、多様性をプラスの意味でより取り入れていくことができたらもっと良い国になると思っています。

国の代表として外務省で働いた経験

外務省では、WTOの紛争解決機関で日本の代表団メンバーとして様々な案件に携わりました。国と国で通商紛争が起こると、裁判所のような機関で互いが主張を行います。それまで弁護士として受け持った訴訟案件等はほとんど自分の計画と方針で進めてきたわけですが、外務省の1メンバーとして他の省のメンバーと働き、時には他国政府の方と一緒に働き、国が当事国となって訴訟案件を受け持つと、自分だけで進められる仕事は1つもありませんでした。色んな人と協議の上、仕事を進めるやり方は印象的でした。今も国際通商に携わっているので、外務省の経験は大きかったです。

政府の仕事がどのように進み、どのような結果になるのかについてはたいへん勉強になりました。民間企業と政府、どちらの組織にも属し、経験を得たことは良かったです。

リーガルテックに関する今後の期待

インターネットで検索し取得できる情報の幅は広がりました。外国法は多くがデジタル化されているので、容易にアクセスできるようになりました。インターネット技術の発展には感謝しています。リーガルテックにも同様に期待をしています。誰もが情報にアクセスできるようになることで、ビジネスのチャンスが生まれるので今後大きく発展していって欲しい分野です。

デジタル化が進んだことによる功罪

リーガルテックを含むITの進歩の裏側で、インターネットにまつわる事件や問題は増えました。連絡もなく自分のプロフィール画像が掲載されているウェブサイトを見ると怖いなと思います。情報の扱いについては注意しないといけません。自分のプレゼンスを高めるために、TwitterやInstagramを活用している役者さんや、著名人の方がいらっしゃいますが、そのなかに様々な誹謗中傷のコメントが入ってしまう、行き過ぎたケースでは死に至る事件もありました。SNSとの距離の取り方、使い方については考えなければいけません。

フェイクニュースも実際にあります。普段何気なく情報を選択して取得しているように思っていますが、本当か嘘かの区別が付いているのかは疑問です。

情報の真偽を見分ける目を養う必要があります。我々弁護士の立場でいうと、必ず「原典にあたる」ことをします。報道されているニュースのソースはどこなのか、1次情報なのか、を疑って調べることは必要だと思います。フェイクニュースは加工されたニュースを更に加工して、あたかも本当であるかのように掲載されているために、騙されてしまう、信じてしまうことが起こります。ですので、疑いの目を持ってその情報の出どころはどこなのかを、自分の目と頭で認識する必要があります。

コロナ禍によって物理的な距離は関係なくなった

会議を含めWebでのコミュニケーションが増えたことによって、距離や時間的な制約を超えた様々な機会は増えたように思います。Web会議にすれば移動時間がなくなるので、会議Aと会議Bの隙間時間を圧縮できます。国境を超えることも容易となりました。時間を効率的に使うことができて、利用できる機会が増えたことはコロナ禍によって新たに発見できたことです。

接触がオンラインになったことによって、より意を払わなければならない場面もあります。

早稲田大学法学部の非常勤講師をさせていただいている関係で大学の講義もオンラインで行いますが、発言する人のみが目立ってしまいがちです。コロナ前の教室での講義とは違い、学生さんたちとのちょっとした対面でのやりとりは少なくなりますが、その分活発な議論を促すような工夫も必要だと思っています。

事務所内においても、対面でコミュニケーションを行いたいという人もいるので、必ずしもWeb会議が優れている訳ではなく、利便性は高いものの、意向に沿ったコミュニケーションの形を柔軟にとっていくことがこれからは必要になるように思います。

これからのテーマは「個人の尊厳とダイバーシティ」

この先の目指すテーマは簡単な単語にしてしまうと「国際平和」になりますが、言語化すると「色んな人に、多様な機会が与えられる世の中にしたい」です。閉塞感や窮屈さに圧倒されず、抑圧も跳ね返すことが出来るような、色んな人が色んな機会を享受でき、努力すれば叶えられる社会にしたいと思っています。弁護士の枠に囚われることなく、私自身も臨機応変に社会の変化に合わせる必要があると思っています。今存在する職業が、この先残っている確証はありません。今あるものにしがみついていると、成長が止まってしまうので、臨機応変に世の中に合わせて自分も変化し続けないといけません。

現在、東京弁護士会の人権擁護委員会に所属しており、副委員長も務めさせていただいています。あまり知られていませんが、人権擁護委員会は会員の手弁当での活動と会費で成り立っており、民間からのスポンサーで運営している訳ではないので、不偏不党で様々な人権について取り組みを行っています。例えば、刑事施設に入っている方から「こういった人権侵害を受けているので助けてほしい」の声や、組織に属している方から「人格の否定を受けている」といった申立があると、調査するかどうかを熟考し、勧告するまでを行っています。

その他、人権擁護活動に尽力されてきた方々を毎年表彰する「人権賞」を制定しています。このような活動を通して、地道に着実に人権擁護活動を続けています。

※参照URL:https://www.toben.or.jp/know/activity/jinkensyou/

近年、益々社会的にも人権がクローズアップされるようになり、新疆ウイグル自治区での強制労働問題は皆さんも目にされたかと思います。企業活動が人権問題に抵触していないか、企業側もコンプライアンスを重視し人権問題を考えましょう、と突然見直すことになると多くの企業は戸惑ってしまうのが現状です。それだけ人権に対する関心が薄かったことを意味するのかもしれません。

女性の社会進出については、昔は何も思わなかった役員陣の顔ぶれも、今は男性ばかりだと一度立ち止まって考えてしまうようなそんな風潮になっています。ですが役員陣全員が男性という会社は多く、ポツンと刺し身のツマみたいに1人2人女性が入っているような・・・ダイバーシティの観点から女性を入れましょうと考えるのは良いですが、それが余りにも行き過ぎていて「仕方なく入れる」現状があるのだとしたら、海外と比較して遅れていることになるのかもしれません。

それでも私が子供の頃と比較すると随分と人権やダイバーシティに対して、意識が向上して変化は起こりました。まだまだ道半ばですので、法律家として注視すべき問題ですし、これからも尽力していく所存です。

法曹界を目指す若者へメッセージを

困っている時に紛争解決を必要としている人、救済を受けたい人、人権侵害を受けている人・・・司法に期待される役割や機能が今後なくなることはありません。世の中がある限り、残念ながら紛争や困窮がゼロになることはありません。そこに手を差し伸べる必要はあって、誰かがやらなければいけない。法曹界に興味がある方は、その担い手になることができます。ぜひ、手を挙げてやっていただきたいと思います。

これまで我々が期待されていた役割を十分に果たしてきたか?と問われると「十分ではなかった」と答えます。特に訴訟の迅速化は意識すべき問題です。これまでの慣習を良い意味で壊してくれる意欲のある方に是非、挑戦していただきたいと思います。

インタビュー中、末冨先生は人権を大事にし、フェアでありたいと頻りに仰っていました。しっかりと、はっきりと我々の質問に対して丁寧に、真剣に1つ1つお応えいただきありがとうございました。

たった2文字の「人権」。日本でもフォーカスされるようになり、今後もその広がりは拡大し続けます。その先頭に立って末冨先生は今日も困っている誰かに手を差し伸べ、国際平和の輪を少しずつ大きくしているのだと思います。 大変、お忙しい中インタビューをお受けいただきありがとうございました。

インタビュー日:2021年8月26日

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