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点と点はいつか線で繋がる -TMI総合法律事務所 山口芳泰

山口芳泰

2020年は元には戻れないほどモノゴトがデジタル化した年と言っても過言ではありません。しかし「人」が大事であること、「人」が問題解決することに変わりはありません。デジタル化が進んだ世の中だからこそ「人」に着目し、デジタルと寄り添いながら従事する弁護士の内面を伝えたく今回「弁護士の志や生き方」を読者に伝える為にインタビューを企画しました。

今回インタビューを受けてくださる先生は、TMI総合法律事務所の山口芳泰さんです。

山口先生のプロフィール

1964年 生
1982年 3月 長野県立長野高等学校卒業
1988年 3月 東京大学法学部第一類卒業
1988年 4月 山一證券株式会社入社
1989年 3月 同社退職
1989年 4月 最高裁判所司法研修所入所
1991年 4月 東京弁護士会登録

TMI総合法律事務所勤務

1997年 6月 スタンフォード大学ロースクール(SPILS)卒業(J.S.M.)
1997年 9月 ニュージャージー州のエーザイ・インク法務部研修
1998年 6月 ニューヨーク州弁護士資格取得
1998年 6月 ロンドンのシモンズ・アンド・シモンズ法律事務所勤務
1998年 10月 TMI総合法律事務所復帰
1999年 4月 パートナー就任

書道を愛する幼少期

私が通っていた書道教室は菩提寺の中にありまして、本堂をつかって「書」を小学校2年生から高校生まで習っていました。書道を教えてくれた先生は小・中学生が使う書道の教科書を書くような、とても偉い方だったということを後で知りました。非常に貴重な体験でした。はじめたきっかけは、はっきりと憶えてはいませんが、お寺で書道教室をやっていることを知った両親が勧めてくれたのだと思います。

著名な書道家の先生の下で学びつつ、大好きだったので書道は続けていました。残念ながら亡くなってしまいましたが「弟子にならないか?」と言われたこともあり、先生の記憶は残っています。若干話しはずれますが、スティーブ・ジョブズもカリグラフィーが好きで、後に世に出たマッキントッシュの美しさはカリグラフィーにあると本人が言っているくらいですから、書道好きとしては嬉しいです。

長野市出身ということもあり、スキーが身近にありました。学校の授業に組み込まれていましたし、親戚が白馬村に住んでいたこともあり、毎年スキーをしに遊びに行っていました。

たまたま法学部に入って授業に出てみたら・・・

そもそも国立の経済学部の大学へ進学を希望していたのですが、合格したのは私立の法学部だけだったのでそちらに入学することになります。せっかく合格したのだから、一度入ってみてチャンスがあれば経済学部を受けて見たらと助言をもらったので、通学をしつつ受験勉強をしていました。授業に出つつ2年に進級できる位の単位を取ったら、受験勉強をやりつつ、身体を動かす為に体育の授業だけ大学に顔を出す生活をしていました。後にも出てきますが、二足の草鞋ですね、まさに。

民法総則や家族法の授業に出てみると、とてもおもしろく、ざっくばらんで、ユーモラスな先生でした。もし、そうでなかったら法学部に入ることも、のちのち弁護士になることもなかったかもしれません。法学を身近に感じることができた貴重な体験でした。

次の年、東大の文科I類に合格することができました(のちに法学部進学)。

自分を追い詰めて勉強するよりも気楽にやるほうが実力を発揮できるタイプでして、居場所が確保されながらも、うまくいけば「儲けもの」と思いながら、やる方がパフォーマンスは上がるかなと。根を詰めて、自らにプレッシャーを課すよりもその方が良い気がしています。地道に努力することを続ける方が大事です。

人生のコアを形作った証券会社時代

司法試験の勉強をしながら、勤務して良いと言われた山一證券に入社し、証券発行、社債や新株を発行する部署に配属となりました。証券取引法(現在の金融商品取引法)が必ずでてくるので、金融実務の最先端に触れられる機会でした。現場で生きた法律を毎日見ていました。

証券会社は当時の大蔵省にお伺いを立てながら仕事を進めていたので、官僚の人たちがどのようなことを考えているのかを常に気にしていました。当時は官僚がすべてを決めていた時代だったので、法律と金融実務の接点の難しさを知りました。また、有名な大学の先生方に意見書を書いてもらい、新しい金融商品が問題ないかを書いてもらうこともありました。

金融の仕事について発見と驚きが絶えず、とても勉強になった1年でした。残念ながら、山一證券はもうありませんが好きな会社なので、戻りたいと今でも思える会社です。それでも、優秀な金融マンが社会に拡散していったことは、とても良かったとも思えます。

肩書が通用しない世界で戦う証券マンの姿をみてきました。資産家の所に身一つで飛び込み、御用聞きをして・・・とても大変です。良い大学を出たからと言って資産を預けてくれる訳ではありません。同じ大学を出た先輩方の大変な姿をみたり、そんな話を聞いたりして、素晴らしい人達が世の中や金融の在り方を変えて行く勇姿は格好良いなと。そして会社はいろんなことをやりながら社員1人1人を支えてくれているのだなと身に沁みて感じました。

社会に出たことで、構図が分かったことは弁護士になってからの強みになったと思います。 私を語る上で外せない核は「証券会社でお世話になった先輩方」です。

順風満帆だった証券会社を辞める決断

証券会社に勤務していた当時、時代はバブル。正直給料も良かった、様々な学びがあり文句もない。そんな状況で司法試験に合格しました。迷っている時に、勤めていた証券会社の顧問をしていた先生がたまたま、入所することとなった弁護士事務所(現在のTMI)の顧問をされており、その先生に話を聞いてしまったことが、転機のはじまりです。その時に言われた言葉「一度アンテナを高くするために、外に出るべきだよ」と。

会社としては顧問の先生に会わせてしまったことが失敗だったと思います。(笑)

まさか、その先生が「外にでるべき」なんて言うとは会社側は思ってもみなかったでしょうから。

長野オリンピックでの契約業務

弁護士になって4年目くらいから、TMIが長野五輪組織委員会の顧問をしていた関係で長野オリンピックの仕事に従事していました。私が長野市出身ということでチームに入れてもらい、スポンサー担当をやらせてもらいました。1984年のロサンゼルスオリンピック以降、オリンピックは商業五輪と言われるようになりましたが、巨額のお金が動くビジネスになりました。

長野オリンピックのスポンサー交渉に際しては、英語でやりました。例えば、ひとつのスポンサーが幾らを出すと、こういった権利を差し上げて、公式スポンサーとして宣伝が可能になる、等の交渉を1社1社地道に行います。時には海外まで行って切った張ったの交渉ごとをやりながら、契約に漕ぎ着けるところまでやりました。 英語と日本語が飛び交う中で、国内外10社以上の契約をまとめた経験は大きな自信になりました。

シリコンバレーで感じた日米の文化的な違い

1995年、お世話になった証券会社の先輩に「これからはシリコンバレーでインターネットをやる時代だよ」と言われました。この頃はインターネット勃興期。それをきっかけとして、スタンフォード大学へ留学することにしました。この頃、スタンフォードのキャンパスには日本の大手自動車メーカー、官僚、大手金融機関、いろんなエリートが集まっていました。気候も良く毎日が晴れて、とにかく気分が良いんです。

そこで、ベンチャーファイナンスの論文を書き上げました。シリコンバレーでは、ベンチャーを育む文化があって、ベンチャーに対して敬意も持っているんです。Google(Alphabet)ははじめにVCから集めた資金が2500万ドルですから。規模が違うことが良くわかります。

社会人の世界を証券会社で揉まれ、眠い目を擦りながら英語と格闘し、シリコンバレーに来たら全く違う光景が目の前にあったりして・・・面白いです。 シリコンバレーは素晴らしい環境でした。

仕事において大事にしている流儀

新しいこと、街をつくるとか、開発するだとか、何もないところから作る機会が多かったので、プロジェクトは長期的に、同じお客さまとお付き合いすることが自然に多くなりました。案件に対してヒストリーとストーリーを語れる仕事に就かせてもらいました。どっぷり浸かって進めていくスタイルが身につきました。そういったこともあって、短いスパンで終わる案件やお客さまよりも、1度お付き合いさせていただいたお客さまと長く付き合っていきたい、縁を大事にしたい人間ではあります。

若い人から見ると、新しい機会を逃していると思われそうですが、何をやっても良いところ・大変なところはあるので・・・やってみないと分からないです。私の場合はたまたま、長く付き合いたいとお互いが思える仕事のパートナーに恵まれたというところかなと。 証券会社時代の方々に至ってはもうすぐ付き合いが35年になります。縁としか言い様はありませんが、出会いを大切にしたいですね。

コロナ禍での変化とDX

移動時間がなくなり、物理的な距離を気にせず、コミュニケーションが可能になったことはデジタル・トランスフォーメーションの恩恵を受けていますし、コロナ禍で最も変化した部分と言って良いと思います。

とは言え、チームワークの観点で考えると、リアルのほうがよく伝わり、良いアウトプットがでます。お客様とのやりとりはWebを使い会議するほうが多くなりましたが、所内は感染症対策をしながら、ソーシャルディスタンスを取りながらできるだけリアルでの業務を進めています。

このような状況と時代になってきたことによって、ベンチャー企業にはより多くの機会が開かれたと言っても良いと思います。日本の大企業が副業解禁した流れによって、自由に起業することも可能になった現在においては増々、ベンチャー志向になり、変化とDX化が求められている社会に突入したように感じています。

人工知能とリーガルテック(法律×技術)の未来

AI(人工知能)が進んできて、弁護士の在り方は間違いなく変化します。もっとより人間っぽい仕事が求められると思います、力仕事や単純仕事は無くなっていくでしょう。弁護士はコミュニケーションを取りながら、お客さまの満足度を高める仕事により従事していきつつ、お客さまの羅針盤になる存在として必要とされるのではないかと考えています。

とは言うものの、AIが導いた答えが本当に正しいのか?という視点も重要です。弁護士はその答えを導いた過程を説明することも必要だと思います。ブラックボックス化しないようにAIを活用しなければ弁護士としては不十分かなと。

チェスも将棋も囲碁も人間がAIに勝てないところまで来ました。しかし、何故この一手を指したと、人間は説明できますが、AIにはできません。ここに面白みがあって、人間同士が対峙するからこそ、その日の調子や心の在り方で勝負が付く場合だってあります。人間はプログラムではないからこそ、動揺しミスだってします。

機械が出す答えと人間が出す答え、どちらが正しいというのは、その局面によって変化します。そして決断するのは人間です。AIと人間は共存する必要がある気がしています。

21世紀はマッチングの時代だと思っています。あらゆるモノが最適にマッチングされていく中で、リーガルテック(法律×IT)の役割についてとても期待しています。リーガルテックというと現状では「真実の探求」、フォレンジックに代表される証拠と事実のマッチングとも考えられます。 それも大事ですが、人がより幸せになるためにはテクノロジーの進化が必須ですし、マッチングの時代にリーガルテックがどう進化していくのか楽しみにしています。今までできなかったことが技術の進歩でできるようになることは、本当に素晴らしいことです。

大切にしている言葉

我々、弁護士は法律を用いて、人の命や人生に関わる仕事を行っています。1人1人の権利や人生に直結する、ある意味”怖い”職業でもあるので、丁寧に誠実に案件と向き合うことが必要です。また、新たな人材や若い人材に経験知を伝えることも必要となります。法曹家にとって最も重要なファクターは経験知です。ルールはすべて法律に書いてあります。ただ、書いてない行間を読むことが求められたりします。書いてはいないけど、こういったことが考えられるだとか、前例があるとか。お客さまによっても使い分けるなど。

こういった勘所というか、経験知は案件を通して、1つ1つ丁寧に誠実に向きあうことで構築されていくものだと思っていて「一隅(いちぐう)を照らす」という言葉を大事にしています。

「一隅を照らす」
「それぞれの立場や場所で精一杯努力する人はみんな、何者にも代えがたい尊い存在」という意味。

これからの仕事に対する考え方

これからはフリーエージェント社会の到来(ダニエル・ピンク著)と言われていまして、コンセプトを持っている人材が好まれるとか、いろんな人と繋がって自分の人生を豊かにする時代がきていると。

弁護士はもともと、そういう仕事なんです。いろんなお客さんといろんな仕事をしながら、自分の人生を豊かにしていくみたいなところはあります。期せずして、そういう時代と仕事の仕方をしているので、これから自分がどうなるかもわかりません。もしかしたら、証券マンになっているかもしれませんしね。(笑)

このように流動化が進む社会情勢の中で、司法試験の受験者数自体が減っていることはとても悲しいことです。ぜひ社会との接点を意識して、法曹界に入ってきてほしいなと願っています。決して六法全書に籠もる必要はなくて、仮に試験の成果が上手く行かなかったとしても、バックグラウンドとして勉強したことは必ずどこかで活かされる時が来ます。それを糧に、法務部に入社するのでも良いですし、国連に入るのも良いかも知れません。官僚になるのも良いかも知れません。

そして、いつかまた機会があれば、六法全書と向き合う時間が来るかも知れません。

人生を長い目で見てリーガルマインドとリーガルテックの時代に、この世界に入ってきてくれる若い人たちを心から歓迎し、応援したいと思います。

最後に頂いたお話はスティーブ・ジョブズが言う「Connecting The Dots」です。2005年にスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチから一部抜粋します。

you can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backward.

So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something, your gut, destiny, life, karma, whatever.

Because believing that the dots will connect down the road will give you the confidence to follow your heart.

Even when it leads you off the well-worn path, and that will make all the difference.

将来を見据えて点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。だから、我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかありません。

自分の直感、運命、人生、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。

点が将来につながると信じることで、自分の心に従う自信が生まれるのです。

たとえ他人から何を言われようが、自分の心に従うことこそが状況を一変させるのです。

点と点がいつかつながって線になると。でも、その点がいつ線につながるか分からないから、その時を懸命に向きあってくださいと。司法試験に合格され法曹界に属する方が多い中、一度企業で社会を体感・体験し揉まれて様々な経験をされ、弁護士となった先生の発する言葉には重みと説得力が非常にありました。

1つ1つの言葉が胸に刺さる、そんなインタビューでした。山口先生、ありがとうございました。

インタビュー日:2021年3月25日