脱炭素で注目が集まるクリーン水素
- 2022/1/26
- 法令コラム
日本政府が成長戦略として2050年のカーボンニュートラル※を目標に掲げていますが、そのキーテクノロジーとなるのが発電・産業・運輸など幅広く活用されている「水素」。
※カーボンニュートラルとは、CO2をはじめとする温室効果ガスの「排出量」から、植林などによる「吸収量」を差引き実質的にゼロにすること。
現在、日本企業は水素分野の技術や製品の開発で他国をリードしていますが国内の水素市場はまだ規模が小さく、今後、多くの国で脱炭素化が推進されれば水素関連市場が拡大すると予測されています。
水素は電気で水を分解して取り出す、あるいは石油や天然ガスなどの化石燃料などさまざまな資源からつくることが可能ですが、CO2を排出しないエネルギー「水素」がCO2排出する火力発電などの電気を使用したり、生産工程でCO2を排出したりするのでは意味がありません。
そこで注目されているのが、再生可能エネルギーを中心としたクリーン電力で生産した水素「クリーン水素」です。
クリーン水素の種類
クリーン水素と呼ばれる「水素」には、製造に使用される電気や製造過程で発生するCO2回収の有無などで次のように分類されています。
グリーン水素
グリーン水素は、電気分解(水電解)によって「水」を「水素」と「酸素」に還元して得られる水素のことですが、太陽光や風力などを利用した再生可能エネルギーによる電力を使用しているので「CO2の排出なしに製造された水素」になります。
ブルー水素
ブルー水素は、石炭や天然ガスなどの「化石燃料」を「水素」と「CO2」に分解して得られる水素で、発生する「CO2を回収して製造した水素」になります。ただし、製造時のCO2回収率は50~90%とグリーン水素と比べて排出量が大きいところが課題です。
グレー水素
グレー水素は、ブルー水素と同様のプロセスで製造されますが、「CO2を回収せずに製造した水素」になります。Sustainable Japanによると2020年時点において世界で生産されている水素の約95%がグレー水素で、今後は使用禁止の方向ですすめられているとのこと。
イエロー水素
イエロー水素は、グリーン水素と同様のプロセスで製造されますが、「原子力発電を利用して製造される水素」になります。原子力発電はCO2を排出しませんが、安全性への懸念、使用済み核燃料問題、最終処分問題などの課題があります。
世界の水素市場
IEA(国際エネルギー機関)のSDSシナリオ※における世界の水素生産量予測によると、2019年ではCO2を回収しない「グレー水素」が大半を占めていますが、2070年にカーボンニュートラルを達成するための水素需要は5.2億トン、生産量における「グリーン水素」「ブルー水素」「グレー水素」の割合は54:40 : 6と予測しています。
- Sustainable Development Scenario:持続可能な開発シナリオ
再生エネルギーの普及に関し海外諸国に遅れをとっている日本では水素の製造コストが高く、長期に渡り輸入に頼る必要があるためエネルギー安全保証上の課題となっています。
2021年3月22日に公表された経済産業省の「今後の水素政策の課題と対応の方向性
中間整理(案)」によると、2050年の世界水素関連市場は2.5兆ドル、関連雇用創出は3,000万人に拡大するとHydrogen Council(水素協議会)の試算を紹介しています。
主要国の水素戦略
ドイツ
- 2020年6月 国家水素戦略を採択。
- グリーン水素の製造能力の目標を設定 ⇨ 2030年5GW、2040年10GW
- 2050年までにカーボンニュートラルの実現を目標とする。
- 中・長期的な大規模水素輸入に向けたサプライチェーン実証プロジェクトを実施予定。
- 国内の水素技術の市場創出に70億ユーロ、国際パートナーシップ構築に20億ユーロの助成を予定。
- 燃料電池大型トラック向けの水素充填インフラ構築を支援。
2020年に採択した「国家水素戦略」では、中核となる目標を、①カーボン・ニュートラルの達成、②パリ協定の目標達成、③水素社会への転換をコロナ禍で疲弊した経済を成長させる好機とするとしています。
そのために、水素の生産・貯蔵、輸送、利用までの一貫したバリューチェーンの確立や水素市場の開発などのために総額90億ユーロの予算を確保しました。
米国
- 2020年 水素研究の開発・実証計画である「Hydrogen Program Plan」を発表。
- 新車販売の一定割合をZEV※とする規制の下、カリフォルニア中心に燃料電池自動車の導入が進展。
※ ZEV(Zero Emission Vehicle)とは、排出ガスを一切出さない電気自動車や燃料電池車
- 2024年 からは商用車もZEV規制適用開始。
- ユタ州のIPP(独立系発電事業者)が大型水素発電プロジェクトを計画。
2025 年に水素混焼率30%、2045年に水素100%での運転を目指す。
- 米国エネルギー省は、クリーン水素の価格を10年間で80%引き下げ、1kg当たり1ドルとする目標を示した。
米国における水素の生産量は年間約1,000万トン、約95%が天然ガスの分解によって作られ、用途は主に石油の精製やアンモニア産業向けとなっています。
2019年に燃料電池・水素エネルギー協会(FCHEA)が発行した「米国の水素経済へのロードマップ」では、低炭素型エネルギーミックスを実現するためには水素が欠かせず、水素ビジネスの発展によって、2050年までに年間7,500億ドルの経済効果と340万人の雇用が生まれると提言。
産業界横断の米国水素ビジョン
中国
- 2016年 省エネ・新エネ車の技術ロードマップで、燃料電池自動車の普及目標を策定、商用車中心に普及が進む。
- 2020年 国連総会で2060年までのカーボンニュートラルの目標を発表。
- 同年 中国水素連盟は中国初のグリーン水素認証制度を発表。
- 燃料電池自動車産業のサプライチェーン構築への助成を発表。モデル都市を選定し、燃料電池自動車や水素ステーションの技術開発・普及に奨励金を与える。
中国の水素生産量は2029年で世界トップの約3,342万トンで、現在はグレー水素が約98%を占めていますが、2030年までに水電解設備のコストは最大70~80%の削減が可能と予測されており、地域によっては1〜1.5ドル/kgを実現できる見通しとのこと。
日本の水素基本戦略
日本は2017年に世界で初めて「水素基本戦略」を策定。2020年に菅総理が第203回臨時国会で「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言。
同年11月から資源エネルギー庁を中心として水素・燃料電池戦略協議会を開催し2021年8月で27回目となります。また、同庁が2019年3月12日に公表した「水素・燃料電池戦略ロードマップ」では、3つのフェーズに分けて水素社会の確立を目指すとしています。
フェーズ1:現在〜
燃料電池の社会への本格的実装段階。
家庭用燃料電池や燃料電池自動車の利用を広げることを目指します。
普及目標 | 2020年頃 | 2025年頃 | 2030年頃 |
家庭用燃料電池 | 140万台 | ー | 530万台 |
燃料電池自動車 | 4万台 | 20万台 | 80万台 |
水素ステーション | 160カ所程度 | 320カ所程度 | 900カ所程度 |
水素利用バス | ー | ー | 1,200台 |
フェーズ2:2020年代半ば
水素発電の本格導入を図るフェーズ。
①水素需要の更なる拡大、②新たな二次エネルギー構造の確立のために次の目標を掲げています。
- 大規模な水素供給システムの確立
- 2030年頃に水素発電の本格導入開始を目指す。
フェーズ3:2040年頃
CO2フリー水素供給システムの確立段階。
安価で安定的、かつ低環境負荷で水素を製造する技術を組み合わせて、クリーン水素供給システムの確立を目指します。
脱炭素で注目が集まるクリーン水素/まとめ
水素は宇宙で最も大量に存在する最も小さく、最も軽い元素です。重量あたりのエネルギー密度は天然ガスの2倍以上、ガソリンの約3倍で、重量にシビアな宇宙ロケットの燃料としては以前から使用されています。
さらに、水素は ①CO2の排出量が非常に少なく、②多種・多様な資源から製造でき、③蓄電池よりも長期的な貯蔵に優れ、④国内外を問わずどこからでも調達が可能な、非常に大きなポテンシャルを持ったエネルギーです。
中でも、製造プロセスでCO2を排出しない「グリーン水素」は、カーボンニュートラルを目指す先進諸国の水素戦略の中心となっており、2050年には世界のエネルギー需要の25%を供給するとも予測されています。
しかし、既存のエネルギーに対し生産能力や価格競争力の面で劣っているため、「再生可能エネルギー」の生産能力アップとコストダウンが不可欠です。
「グリーン水素」と「再生可能エネルギー」は、カーボンニュートラル実現に向けた両輪であり、経済成長を牽引する新・成長産業となることが期待されています。