よく聞く行動経済学ってなに?

行動経済学

近頃よく「行動経済学」という言葉を耳にします。いったいどのような学問なのでしょうか。従来の伝統的な経済学では、意思が強く合理的な考えをする人物像を想定して理論を組み立てていますが、行動経済学では、時に不合理な行動をする人物像を想定して理論を構築しています。

つまり、かなり現実に即した経済学だといえるのです。今注目を浴びている行動経済学について、わかりやすく解説していきましょう。

行動経済学とは

行動経済学と対比される伝統的経済学は、合理的な人物像による経済活動に基づいて構築した理論です。すべての人間は知的で計算能力が高く、強い自制心を持ち、情報を最大限に活用して自己利益のためだけに行動すると想定されています。

しかし、いうまでもなく現実の人間は、必ずしも合理的に活動するわけではありません。たとえば、すべての人間が自己利益のためだけに行動するとすれば、そもそもボランティアなど存在しないことになります。

この仮定する人物像をより現実に近づけて理論構成をしたのが、行動的経済学です。

人間は先延ばし行動をする

肥満が生活習慣病のきっかけになるということは、広く知られた事実です。多くの人は、肥満になると健康を害することを知っています。それにもかかわらず、ダイエットを怠り肥満になる人は少なくありません。

こうした事象を伝統的経済学では、肥満は自らの意思決定によるものであると捉えています。もし太りたくないのであれば、食事の段階でカロリー摂取を抑制するか、運動によってカロリー消費をするはずであるとの考えに立っているのです。

しかし、現実の人間は、ダイエットを計画しても、とりあえず今は好きなものを食べて、明日からダイエットを実践しようと考えてしまいます。つまり、目の前の楽しみを優先してしまうために、計画を先延ばしにしてしまう傾向があるのです。行動経済学では、人間には、このような「現在バイアス」という事象があるとしています。

現在バイアスとは

現在バイアスを理解するために、しばしば引き合いに出されるのが次のような選択肢です。

  1. 今 1万円がもらえる
  2. 1週間待てば、1万1千円がもらえる

ある統計では、選択肢1.を選ぶ方が多いという結果が出されています。それでは次の選択肢ではどうでしょうか。

  1. 1年後に1万円がもらえる
  2. 1年と1週間後に1万1千円もらえる

この場合は、選択肢2.を選ぶ人が多くなるのです。

どちらの選択肢も1週間で1千円の利子(おまけ)が付くことは同じです。しかし、今すぐ現金を手にすることができるのであれば、1千円を得することよりも目の前の現金を得ることを選択します。ところが、1年先のことになれば、さらに1週間待って、利益の多い方を選択するのです。

これを先のダイエットの事例に当てはめると、ダイエットの実践を後回しにするのは、遠い将来の健康リスクの軽減よりも、今、目の前にある食事を楽しむ価値の方が大きくなるからなのです。

時間的な余裕があったのにもかかわらず、夏休みの宿題や期限のある業務を締切りぎりぎりになって取り掛かる人は珍しくありません。これも、「今ある楽しみ」あるいは「課題から逃避できる楽しみ」を選択したことによる現在バイアスによるものです。

こうした傾向は、利益についてだけでなく、損失についても同じことがいえます。行動経済学では、多くの人には、現在持っているものを失うことを恐れる「現状維持バイアス」があるとされています。

ナッジについて

人間は、意思決定の段階において、様々なバイアスを避けることができません。こうした一定のひずみを行動経済学的な観点によって、より賢明な行動を選択するよう補助をするのが「ナッジ」と呼ばれる概念です。

「ナッジ」とは、英語で「肘をつつく」ということを意味します。ナッジは行動経済学知見を使うことで、選択の自由を残しつつ、人々の行動を良い方向に誘導します。たとえば、コロナ対策として、アルコール消毒液が置かれた場所に向かって大きな矢印を床面に表示することで、消毒をする人の増加が期待できます。

デフォルトが最強のナッジ

多くの人には、所有している物を失うことを恐れる「現状維持バイアス」があります。このため、人々の行動を有効な方向に誘導したい場合には、初期設定(デフォルト)が、重要な意味をもちます。

典型的な事例として、臓器提供の意思表示があります。内閣府が2017年に行った世論調査では、日本人の約4割の人が、「脳死の際に臓器提供をしたい」と考えていることが明らかにされています。しかし、実際に提供意思を記入している人の割合は、1割程度にすぎません。これは、「提供しない」をデフォルトにしており、提供をしたい場合には、選択肢にチェックする必要があることが影響していると考えられます。

諸外国の事例により、これが裏付けられています。日本と同じように、「臓器を提供しない」をデフォルトにしている国は、次のような臓器提供の同意率となっています。

デンマーク……4%
オランダ……27%
イギリス……17%
ドイツ……12%

ほとんどの国が20%を下回る同意率になっています。一方、「臓器提供をする」をデフォルトにして、希望しない人が、選択肢にチェックする方式にしている国では、次のような結果になっています。

オーストラリア……99%
ベルギー……98%
フランス……99%
ハンガリー……99%
ポーランド……99%
ポルトガル……99%
スウェーデン……85%

ほとんどの国が90%を超える同意率になっていることが分かります。このように、初期設定の仕方によって、人々の誘導される方向が明確に異なってくるのです。

休暇をデフォルトにする

デフォルトの効果を示す事例は他にもあります。

警察庁岐阜県情報通信部では、宿直翌日を休暇とすることにし、翌日勤務する場合のみ「休暇を取得しない」にチェックして上司に提出する方式にしたところ、宿直明けの休暇取得人数が、約3割増加しました。

また、千葉市では、育休取得をデフォルトとして、育休を取得しない場合に、理由を記入した上で申請する制度にしたところ、育休取得が大幅に増加しました。

働き方を改善するうえで、長時間労働の抑制は避けて通れない課題ですが、これも、通常勤務をデフォルトにして、残業手続きを複雑化することにより、長時間労働を減少させる効果が期待できます。

ポイント還元は行動経済学に基づく手法

600円の弁当が、1日100個売れていた店で、感謝セールとして、500円で販売し、その効果によって1日150個の売り上げがあったとします。このセールを1カ月間続けて、再び元の価格である600円に戻した場合に、売り上げは100個に戻るとするのが、伝統的経済学の考え方です。

しかし、本来の価格に戻したというのは、経営者側の勝手な思い込みであり、消費者は値上げしたと捉えるというのが、行動的経済学の考え方です。現実的には、売り上げは、80個とか70個といったように、元の状態に回復することが困難になるのです。

これは、上下共に同じ100円の幅であっても、値下げにより得た利益よりも、値上げによって損失した額の方が大きいと感じてしまう「損失回避」の心理によるものです。このため、価格設定は、初期段階にこそ、慎重で的確な判断が求められることになります。

こうした消費者の損失回避による、影響を回避するためには、価格はなるべく変えないという原則を維持する必要があります。値下げをするにしても、ターゲットを絞ったり、セールを短期間したりといった工夫が不可欠なのです。

近年、セール期間中に「ポイント10倍アップ」といった、ポイントを大量に付与することで、消費者の利益を喚起する商法が実践されています。商品の価格をまったく値下げすることなく、消費者を得した気分にさせるこの手法は、行動経済学上、理にかなったものであるといえるのです。

よく聞く行動経済学ってなに?:まとめ

行動経済学では、人間には目の前の楽しみを優先する「現在バイアス」があり、また現状の損失を忌み嫌う「現状維持バイアス」があることを明らかにしています。こうした人の心理に適応した商法が理にかなっていることから、現在の商品販売やサービス提供では、いたるところで行動経済学に基づくマーケティングが実践されています。

もはや、ビジネスを成功に導くうえにおいて、行動経済学は、けっして欠かすことができない考え方となっているのです。

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