種苗法改正のポイント

種苗法改正のポイント

我が国最大の農産物・食品に関する国立研究機関「農業・食品産業技術総合研究機構」が33年間かけて開発したブドウ品種「シャインマスカット」は、甘みが強く食味にも優れ皮ごと食べられることから少々の高値でも売れる大ヒット品種で、輸出産品としても非常に期待されていました。

ところが苗木が海外に流出し、中国では「陽光バラ」「陽光玫瑰」「香印翡翠」等の名称で栽培・販売され、韓国でも同様のことが起こっていました。さらに、中国産や韓国産の「シャインマスカット」がタイ・香港・マレーシア・ベトナムなどに輸出されていたのです。

従来の種苗法では、多くの開発者が長い年月をかけて生み出した種苗の海外流出を制限できなかったことから、種苗法の一部を改正する法律が成立し2021年4月1日に施行されることになりました。

そこで今回は、種苗法の改正ポイントについて詳しく解説します。

種苗法とは


種苗法 第1条(目的)
この法律は、新品種の保護のための品種登録に関する制度、指定種苗の表示に関する規制等について定めることにより、品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図り、もって農林水産業の発展に寄与することを目的とする。

種苗法は、新しく開発された植物の品種を国に登録することによって、開発者が新品種を独占的に育成する権利「育成者権」を得ることができる法律で、農業においては特許法と類似した存在の法律です。

種苗法改正の背景

冒頭でも触れましたが、近年、日本で開発された優良品種が海外に流出し他国で増産・輸出される等、我が国の農林水産業の発展に大きな影響が出ていたことが種苗法改正の背景にあります。

種類品種名権利者侵害概要
いちごレッドパール個人韓国の一部の生産者に利用を許諾した種苗が2000年頃、韓国国内で流出し大規模に増殖・栽培され、我が国に逆輸入された。
章姫個人
紅ほっぺ静岡県種苗の流出経路は不明だが、中国で無断生産され中国での出願ができなかった。
さくらんぼ紅秀峰山形県2005年、オーストラリアに種苗が違法に持ち出されたため刑事告訴し、その後和解した。
いぐさひのみどり熊本県2011年、DNA分析で中国での侵害品生産を確認した。

また、「育成者権」侵害の立証には面倒な手続きが必要とされるなど、「育成者権」を得てもその行使が簡単にできないため、育成者権者の意思で登録品種の海外流出を防止できるようにするとともに、育成者権の行使を容易にすることが改正の大きな目的です。

育成者権とは

法改正の説明に入る前に、種苗法の中心となる「育成者権」について簡単に説明します。

「育成者権」は知的財産権のひとつで、新しい植物品種を国に登録することによって発生し、登録品種の「種苗」「収穫物」「加工品」の販売等を独占できる権利です。


種苗法 第二十条(育成者権の効力)

育成者権者は、品種登録を受けている品種(以下「登録品種」という。)及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種を業として利用する権利を専有する。ただし、その育成者権について専用利用権を設定したときは、専用利用権者がこれらの品種を利用する権利を専有する範囲については、この限りでない。

「育成者権」は、特許権と同様に対価を得て利用許諾ができ、権利の存続期間は品種登録の日から25年(永年性植物は30年)です。

育成者権の侵害に対する処置

育成者権の侵害に対しては、「民事」「刑事」「税法」において次の請求・処罰・措置が法で定められています。

<民事上の請求>
  1. 差止請求
  2. 損害賠償請求・不当利得返還請求
  3. 信用回復措置(謝罪広告等)の請求
<刑事罰>
  • 個人の場合は、10年以下の懲役、又は1000万円以下の罰金で、懲役と罰金を併科することもあります。
  • 法人の場合は、3億円以下の罰金が課せられます。

<関税法による措置>
輸出入の際の通関審査・検査で侵害物品を発見した場合、没収・廃棄などの措置が講じられます。

種苗法改正のポイント

優良品種の海外流出を根本的に解決するには、特許などと同様に海外での品種登録が不可欠で、「植物新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)」により国際的な枠組みが整備されており、育成者権は国ごとに取得することになっています。

しかし、国内での種苗の流通をしっかり管理することで海外流失のリスクは軽減できるために種苗法の改正が行われたのですが、改正の主要ポイントは次の2点です。

登録品種の海外流出を防止する

<育成者権の権利範囲の改正>
登録品種の種苗等が譲渡された後でも、次の行為については育成者権者の許諾が必要となります。

  1. 登録品種等の種苗を生産する行為
  2. 登録品種等の種苗を生産する地域
  3. 登録品種の保護を認めていない国への種苗の輸出
  4. 上記の国へ最終消費以外の目的で収穫物を輸出する行為

※この改正により、海外への持ち出しを知りながら種苗等を譲渡した者も刑事罰や損害賠償等の対象となる可能性が出てきました。

<輸出・栽培地域に関する制限の公表>
育成者は品種登録の出願と同時に「輸出・栽培地域に関する制限」の内容を届け出なければなりません。これにより農林水産庁のHPで公表し、譲渡の際には登録品種である旨及び制限がある旨の表示が義務付けられます。

<自家増殖の制限>
育成者が登録品種の種苗を譲渡した場合、その種苗や収穫物・加工品には「育成者権」は及ばないのが原則でしたが、例外規定により購入者が登録品種の種苗を自家増殖する場合は育成者権者の許諾と許諾料の支払いが必要となります。

<審査料及び登録料の引き下げ>
品種登録の一件ごとの審査料及び登録料の上限金額は次の様に変更されます。
審査料 現行 47,200円 ⇨ 改正後 14,000円 
登録料 現行 36,000円 ⇨ 改正後 30,000円

権利侵害の立証を容易にする

  1. 登録品種簿に記載された「特性」の比較により権利侵害の推定が可能となります。
  2. 農林水産大臣に判定を請求することにより侵害の判定が可能となります。

改正「種苗法」の課題

種苗法の改正によって優良品種の海外流出が抑制される一方で、現行法では育成者権が及ばない「自家増殖」が改正法では育成者権者の許諾と許諾料の支払いが必要となることから農家から懸念の声が上がっています。

これに対し、農林水産庁は「自家増殖」の制限は、登録品種の流出防止のために種苗の適切な流通管理が必要であり、現在利用されている約9割の品種は一般品種なので法改正後も自由に「自家増殖」でき、また、許諾料が高額になることは考えにくいと説明しています。

種苗法改正のポイント:まとめ

我が国の優良品種の海外流出を防止することに反対する農家はいないと思いますが、長い間自由に行ってきた「自家増殖」が育成者権者による許諾制に変更されることに対する反対意見はネット上でも多く見られます。

農業分野では知的財産権についてあまり馴染みはありませんでしたが、長い年月をかけて開発した新品種に対する育成者の権利は尊重されるのは当然のことです。しかし、今まで自由に行なってきた慣例を規制する方向に転換するには、農家への丁寧な説明とスムーズに新制度に移行するための配慮が必要と思われます。



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