デジタルマネーの給与支払いが日本でも実現?

デジタルマネーの給与支払い

デジタルマネーとは、法律で認められている通貨(日本の場合は「円」)を電子データに変換したもので通貨と同様に使用することができるため、日本政府が推進しているデジタル化社会に向けた代金決済のキャッシュレス化をさらに加速させる重要なアイテムとなっています。

全国銀行協会の調査でもキャッシュレスの割合は年々増加しており、2019年には50.2%が現金を引き出すことなくクレジットカードや口座振替などによって代金決済や送金を行なっています。それでも、世界の主要国の中で見ると日本はまだまだキャッシュレス化が遅れている状況です。

厚生労働省の審議会で議論をスタートした「デジタルマネーの給与支払い」については現金支払いを原則としている労働基準法の改正や、さまざまな懸念の解消が前提としていますがメリットも多く今後の推移が注目されています。

そこで、今回は「デジタルマネーの給与支払い」の仕組みや、メリットと課題について詳しく解説します。

デジタルマネー先進国、米国の状況

デジタルマネーを使用した給与支払いには、会社が給与を振り込むことができるプリペイドカード「ペイロールカード」を使用します。そこで、ペイロールカードが普及している米国の動向を最初にご紹介します。

※以下は、国際通貨研究所の「デジタルマネー給振実態調査」(2020.2.12)を参考にしています。

米国ではペイロールカードでの給与支払いの可否は州によって異なりますが、導入状況は増加傾向にあり2022年には発行枚数840万枚、入金金額600億ドルに達すると予想されています。

ペイロールカードの運用方法

米国のペイロールカードの運用は次のようになっています。

  1. 会社が従業員にペイロールカードを発行する
  2. 賃金や給与のデジタルマネーを当該カードに振り込む
  3. 現金が必要な時にはATMで引き出すことができる
  4. 端末機器のある店舗では代金決済に使用できる
    ※Visa、Mastercard等との提携カードもあり、端末機器の無いお店ではクレジットカードとして使用できる。

ペイロールカードの発行は主に、(1)銀行口座を持たない人、又は持てない人、(2)短期就労者や期間就労者、(3)訪米中の外国籍就労者を対象としています。

ペイロールカードの導入が増加している主な理由

  1. 電子データなのでサーバーで一括管理できる
  2. 賃金や給与を受け取る際の従業員の負担が無い(※ATM手数料無料など)
  3. 会社が従業員のカード履歴を閲覧できないシステムになっている
  4. 国内外での振込・送金の手数料が安い
  5. カードの紛失、あるいは盗難時にはカードのブロックや解除が可能
  6. 各従業員の残高は資産管理機関で一括管理され預金保険が適用される

このように、米国では管理が楽で手数料などの負担が軽減されるとともに、個人のお金をしっかり保護する体制が整っていることがペイロールカードの普及を後押ししているようです。

我が国が検討している構想は?

我が国の場合は、従業員の意志により銀行振込も選択できるようですが、中心となるのは米国のシステムと同様にペイロールカードを従業員に発行しデジタルマネーを振り込むスタイルです。しかし、銀行経由ではなくPayPay、LINEペイ、メルペイなどの資金移動業者の個人口座に直接振り込むことを想定しているようです。

多様な支払い形態を持つ資金移動業者のキャッシュレス決済手段は、既に多くの商業施設等に普及しており合理的な考えといえます。

また、資金移動業者は従来100万円以下の送金しか扱うことができませんでした。しかし、2020年6月5日に成立した法改正で今後は次の3タイプに分かれ上限100万円が事実上無くなり、より銀行に近いサービスが可能となります。

  • 第1種 資金移動業:100万円以上の送金が扱える
  • 第2種 資金移動業:100万円以下の送金を扱う
  • 第3種 資金移動業:数万円以下の少額送金のみを扱う

米国の場合はWells FargoやBank of Americaなどの銀行系カードが中心ですが、我が国が想定している資金移動業者のペイロールカードの場合には、スマートフォンのアプリなどでも支払うことができ、給与振り込み手数料も不要になるため米国よりも進んだシステムと言えるかも知れません。

労働基準法の「給与支払いの5原則」

冒頭でも触れましたが、「デジタルマネーの給与支払い」を実現するためには労働基準法の改正が必要になります。それは「賃金支払いの5原則」があるからです。 労働基準法第24条では賃金の支払いについて次のように定めています。

  1. 通貨で支払う
  2. 従業員に直接支払う
  3. 全額支払う
  4. 毎月1回以上支払う
  5. 一定の期日を定めて支払う

上記の5原則の例外として、一定の条件をクリアすれば現状行われているような銀行口座への振り込みが可能としていますが、さらに通貨での支払いではなく「デジタルマネー」での支払いを認め、資金移動業者などの口座にも給与の支払いを行えるように改正する必要があるのです。

デジタルマネー給与支払いのメリット

現在公開されている情報では、次のようなメリットが期待できます。

1.スピーディでリアルタイムの給与支払い

デジタルマネーの場合はパソコンで入力すれば、瞬時に従業員の口座に振り込まれるのですぐに使うことができます。また、即日払いなどにも対応できるので、すぐに現金が欲しい非正規労働者やアルバイトなどのニーズにも答えられます。

2.銀行口座の開設が難しい外国人労働者でも利用できる

外国人の場合、日本で銀行口座を開設するためには住民票や在留カードが必要となります。在留期間が3ヶ月未満の場合には在留カードが発行されず口座を開設することができませんが、資金移動業者の口座開設は可能です。

3.銀行の振り込み手数料を削減

銀行の口座を通さずダイレクトに移動通信事業者の個人口座に振り込むため、振り込み手数料の負担がなくなります。

4.資金移動業者が提供するキャッシュバックなどの特典が利用可能

5.国が推進するキャッシュレス化がさらに加速

デジタルマネーの給与支払いの課題

課題の大半はデジタルマネーの給与支払いの前提となっている資金移動業者の信頼性や安全性に対する懸念によるものとなっています。

1.資金保全への懸念

銀行が経営破綻したときには「預金保険制度」の適用によって、1000万円までの預金が保護されますが、資金移動業者は利用者から預かった資金と同額以上の額を供託等によって保全することになっており、供託手続きのタイムラグによって経営破綻した時点で十分な保全額が確保されていないという可能性があります。

2.資金の払い戻しが遅い

資金移動業者が経営破綻した場合は財務局の還付手続きによって供託等の資産から弁済を受けられることになっていますが、払戻しには時間がかかります。

3.信頼性への不安

資金移動業者は免許制の銀行とは異なり、登録要件さえ満たせばどんな会社でも資金移動業が可能となるため不安が残ります。

4.預金保護に関する共通の法律がない

資金移動業者には銀行の「預金者保護法」のような共通の法律はなく、不正利用による対応は業者によって異なっています。

5.本業でなくても資金移動業ができる

資金移動業者には銀行のような専業義務はないので、別の事業で経営が悪化すると資金移動業に悪い影響が出る懸念があります。

デジタルマネーの給与支払いが日本でも実現?:まとめ

「デジタルマネーの給与支払い」に関して、現時点ではメリットよりも課題の方が多いようで、厚生労働省も審議会を開催し慎重に進めています。また、組合員数が700万人を超える連合(日本労働組合総連合会)も審議会の中で「資金移動業者が銀行と同等の安全性があるか懸念がある」と慎重な姿勢を見せています。

特に労働基準法24条を改正し資金移動業者の口座にも給与の支払いができるようにするためには「銀行と同等の安全性」や「経営破綻時の早期保証」の課題クリアが絶対条件となるでしょう。

「デジタルマネーの給与支払い」は、サラリーマンだけではなく、契約社員・派遣労働者・パートタイマーなどの非正規労働者や外国人労働者などにもメリットがある仕組みなので着実に進めてもらいたいものです。

関連記事

ページ上部へ戻る