会社の存続に関わることも!社員が過労死すると企業はどのくらいの責任を追うのか?

社員が過労死すると企業はどのくらいの責任を追うのか

近年では、過労死をめぐる会社と従業員遺族との間のトラブルが増えているようです。近年でも電通社員が過労を理由に自殺した事件が大きく報道されたことを覚えている人も多いと思います。

しかし、このような事件を受けてもなお、法律違反の超過労働の実態はなかなか改善されないようです。

厚生労働省は、9月24日に全国の労働基準監督署が立ち入り調査をした事業所の約4割で労働基準法違反の時間外労働が見つかったことを発表しています。

そこで、今回は、従業員が過労死してしまった場合に会社にはどんな責任が生じるのかということについて、いくつかの事例を紹介しながら解説していきます。

従業員が過労死したときに問われる企業の責任

従業員が過労死したときには、雇用主である企業には、次のような責任が発生する可能性があります。

(1)刑事責任

過労死が、違法な労働環境を原因とする場合には、企業に刑事罰が科される可能性があります。

特に、今年(2019年)4月から働き方改革関連法が施行されたことにともなって、36協定(サブロク協定)に基づく残業時間にもの上限が設けられ、違反した場合には刑罰が科される(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)ことには注意する必要があります(中小企業への適用は2020年4月から)。

改正法施行は、法定外労働時間は労使に合意がある場合でも下記の基準を遵守しなければならないことになっています。

  • 時間外労働が年720時間以内
  • 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
  • 時間外労働と休日労働の合計について、「2か月平均」「3か月平均」「4か月平均」「5か月平均」「6か月平均」が全て1ヶ月当たり80時間以内
  • 時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6ヶ月が限度

参考:厚生労働省「時間外労働上限規制わかりやすい解説」(PDFファイル)

また、企業側の対応が悪質な場合には、労働基準法違反にとどまらず、業務上過失致死傷が問われる可能性もあります。実際にも、過労死をきっかけに企業を告発している事件も存在します。

事業に必要な営業免許によっては、業務上過失致死傷罪の確定は、許認可の取消事由となることがありますから、違法な労働環境を放置したことで会社の存続それ自体が危ぶまれるということもありえます。

(2)民事責任

就労が原因で従業員が死亡してしまった場合には、労災による補償が図られます。しかし、最近の過労死事件は、労災による補償とは別に、企業や経営者(役員)個人に対して遺族が損害賠償請求訴訟を提起するケースが増えています。

Legal Seachでも「過労死 賠償」というキーワードで検索してみると、数多くの訴訟があることがわかります。

ここでは、従業員が過労死してしまった場合における企業などの民事責任について特に重要なポイントを4点紹介します。

企業には従業員の過労死を回避するための「安全配慮義務」がある

企業には、従業員が安全に就労できる環境を整える義務(安全配慮義務)があります。

危険な機械を用いる作業をさせる際に、事故を防止するための措置を十分に講じる(機械を定期的に点検する、ヘルメットなどを支給するなど)義務があることはイメージしやすいと思いますが、「労働時間」の観点でも同様の義務があるということです。

一般的には、いわゆる「過労死ライン(労災認定をする場合の基準)」とよばれる週80時間を超える時間外労働が恒常化している会社で過労死が生じたときには、安全配慮義務違反が強く疑われると理解しておくべきといえるでしょう。

従業員が自殺した場合でも企業の安全配慮義務が問われる

企業の安全配慮義務が問題となるのは、就業中の過労死だけではありません。たとえば、超過勤務が原因で心身に支障を来した従業員が自殺してしまった場合にも、企業の案税配慮義務は問題となるのです。

この点については、「電通事件」が良く知られています。電通事件というと、冒頭に紹介をした若手女子社員が自殺したケースを思い浮かべる人が多いと思いますが、それとは別の事件です。
近年の電通の過労死事件が大きな報道となったのは、過去にも同様の過労死事件があったことも背景のひとつとなっています。 過労という状況にあるときに自殺を選択するかどうかは、その人のパーソナリティに影響される部分がかなり大きいといえます。

電通事件判決は、それでもなお、企業には、超過労働の状態が常態化している以上は、企業は従業員が過労を苦に自殺することを予見すべきで、従業員の負担を軽減する措置を講じる義務があったと断じている点で大きな注目を集めました。

役員個人の責任が追及されることも

会社の役員には、企業を正しく導く責任があります。過労死をめぐるケースでも、会社の役員(意思決定機関)として、役員が十分な職責を果たさなかった場合には、役員個人にも損害賠償義務(役員としての注意義務違反)が発生する場合があります。

実際にも、過労死した従業員の遺族が会社役員を相手取って損害賠償請求を求めた事件もあります。なかでも、大手居酒屋チェーン「日本海庄や」の従業員の過労死が問題となった事件が有名です。

この事件において、裁判所は、会社の36協定が過労死ラインを逸脱している状況を役員が放置していたことを理由に、「責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは自明であり、この点の義務懈怠によって不幸にも労働者が死に至った場合においては悪意又は重過失が認められるのはやむを得ないところである」と判示して、会社と役員に損害賠償の支払いを命じています。裁判例があります。

過労死事件の損害賠償は高額になる

違法な超時間労働が原因で従業員が過労死した場合に企業が負う損害賠償には、慰謝料と逸失利益があります。

逸失利益というのは、簡単にいえば、「家族が過労死していなければ遺族が得られたであろう収入」のことです。死亡事故の場合と同様に、過労死の場合にも逸失利益はとても高額になるケースが少なくありません。

たとえば、上で紹介した電通事件のケースでは、電通が遺族に1億6800万円を支払うことで和解となったことが報じられています。中小企業の場合には、損害賠償を支払うことで会社の資金繰りが一気に窮するということも十分考えられます。
なお、生命身体を害したことを原因とする損害賠償義務は、自己破産をしても免責されません。

(3)社会的な制裁

過労死事件が起きたことによって「ブラック企業」のレッテルが貼られ、企業イメージが損なわれれば、大打撃となります。

たとえば、労働環境に問題があるとして報じられた会社には、大幅減益となった会社も少なくありません。また、離職者が相次いで事業を維持できくなったケースや、将来の雇用に悪い影響が出る場合も多いでしょう。近年では「働き手不足」が原因で事業縮小・店舗閉店に追い込まれる企業も増えています。

さらに、上場企業の場合には、企業イメージの低下、減収によって株価が大幅に下がってしまえば、「株主代表訴訟」を提起されるリスクもあります。

たとえば、違法残業が役員主導で進められた結果、過労死事故が生じ企業価値が大幅に損なわれたというケースであれば、株主の損害賠償請求が認められる可能性はかなり高いといえるでしょう。

実際のケースとしても、2016年に某地方銀行の株主(過労死した行員の遺族)が、銀行の役員を相手取って株主代表訴訟を提起したケースがあります。

過労死問題を予防するために知っておきたい3つのポイント

従業員の過労死は、従業員およびその遺族だけでなく、会社にとっても大きな損失です。少なくとも、現在の法制度の上では、「万が一の事態になっても労災があるから大丈夫」という感覚はとても危険です。

自らの会社で過労死を生じさせないためには、次の点について留意することが重要です。

(1)明確なルールを作る

時間外労働についての明確な決まりを設けることは過労死トラブルを回避する基本といえます。仮に、明文の規則があったとしても、それがすでに「時代遅れ」になっている可能性もあります。

働き方改革関連法は、2020年4月には中小企業に対しても適用がはじまります。「何年も就業規則を見直していない」という会社は、できるだけ早く、最新の法令、労災指針(過労死ライン)に準拠したルールに改める必要があります。

また、過労死予防は、国の政策の中でも重要な政策とされています。そのため、働き方改革関連法が施行された後にも、新たなルールが創設される、過労死ラインのような評価基準がさらに厳しくなるということも容易に想定されます。

就業規則や36協定を見直したということで安心せずに、最新の法令・指針・裁判例をフォローすることを忘れるべきではありません。

(2)ルールを守れる体制を構築する

ルールを設けていてもそれが守られないのであれば意味がありません。これまで過労死が原因で損害賠償を命じられた企業にも、「就業規則は法令に触れていない」、「過去に労基署から指導・勧告を受けたこともない」企業は少なくありません。

特に、中小企業の場合には、「ウチは従業員の理解がある」、「ウチはアットホームで仲が良いから(多少の超過労働は)問題ない」と思い込んでいるケースもあるかもしれません。

そもそも、中小企業では、大企業以上に「社内の雰囲気」、「経営者(上司)の方針・意向」に逆らえない環境になりやすいことに注意が必要です。「従業員(やその家族)はわかってくれている」と思っているのは経営者だけかもしれないのです。

現代の法制度の下では、「会社がルールを守る」ということは当然の責務であり、会社にはそれを超えて、「ルールを確実に守れるだけの体制」を完備する責任があるとされています。たとえば、上場会社や会社法上の大会社に求められている「内部統制」はそのための仕組みです。特に、新興企業が上場を果たそうとするケースでは、内部統制の仕組みが足かせになることも少なくありません。

また、過労死の問題は、会社全体の問題でもあります。会社組織のどこかに「従業員の安全よりも会社の利益(自らの部署のノルマ達成)が大事」と考える人材・部署があれば、悲劇が起きる可能性も高くなります。

その意味では、この記事で紹介したような他企業の過労死訴訟の例を収集し、従業員に配布する、キャリア別の研修会を実施し正しい知識を啓蒙する、就労環境に問題があるときに相談できる窓口を設置するといった措置も有効といえます。

(3)専門部署を設置できなくても対応は可能

中小企業では、人事部や法務部といった組織にリソースを割けない場合も少なくありません。また、相談・通報窓口を設定しようにも、窓口と会社(経営者)が近すぎれば機能しないことも考えられます。

そのような場合には、労務問題に精通した弁護士・社労士といった外部の専門家を活用することもひとつの方法です。 「専門家を使うと高額の費用がかかる」と思い込まれがちですが、新しい部署を設置したり、新規の正規社員を1人雇用することと比較すれば、必要に応じて外部専門家を利用する方がトータルコストを抑えられる場合も少なくありません。

まとめ

社会における企業の責任は、年々重くなっています。たとえば、過労死の問題も数十年前であれば「不幸な事故」で終わったケースが多かったと思いますが、今日では「過労死を回避するのは企業の当然の責任」とされています。

本文中で紹介した日本海庄や事件においても「労働者の生命身体は至高の法益」であると言及されているように、従業員の生命身体の安全を確保することは、企業にとっては当然の義務とされています。

新興企業・中小企業では、どうしても「目先の業績(ノルマ達成・取引先への納品)」に追われがちです。万が一、「我が社は大丈夫だろうか?」と不安に感じることがあるときには、最新法令・判例のチェックや、専門家への相談といった対策を早めに講じることを強くオススメします。

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