結局何だったのか、今だから理解しよう東京オリンピックロゴ問題

東京オリンピックロゴ問題

一時期、大きな論争となった「東京オリンピックロゴ問題」ですが、けっして過去の「事件」で済まされるものではありません。この問題を掘り下げていくと、実は会社の資産である知的財産にも大きく関わってくることに気づかされます。改めて、東京オリンピックロゴ問題を振り返りながら、会社の知的財産の保護について理解を深めていきましょう。

東京オリンピックロゴ問題とは

佐野研二郎氏デザインによる2020年東京オリンピック公式エンブレムに対して、盗作疑惑が持ち上がったのは、2015年のことです。

公式エンブレムに選出したと発表されて程なく、ベルギーのリエージュ劇場のロゴマークに酷似しているとして、ロゴを制作したベルギーのデザイナー、オリビエ・デビー氏が、フェイスブックに投稿をしました。これがきっかけとなり、すぐさま波紋が世界中に広がったのです。

類似性が問われた東京五輪公式エンブレムは、最終的に五輪組織委員会が採用の撤回を発表することになります。この結論に至るまでに、何が問題になったのか経緯を踏まえながら解説をしていきましょう。

商標登録の問題

当初、オリビエ・デビー氏は、このロゴマークは、ベルギーをはじめヨーロッパ各国で商標登録をしており、商標権の侵害であることを主張しました。

これを受けて、五輪組織員会は、「国際商標調査を済ませているので問題ない」というコメントを発表しました。商標調査とは、商標登録に際して事前に行う調査のことで、登録商標の中に類似したデザインがないかを調査するものです。この国際商標調査を五輪組織員会とIOCと共同で実施したと断言したのです。

その後、IOCの調査によって、リエージュ劇場が商標登録を行っていないという事実が判明しました。これを受けて、クアラルンプールのIOC総会において「先方は国際商標登録していないため、まったく問題はない」との発表がなされました。これで商標権侵害に関する議論は、解決済みとしたのです。

一方で、五輪組織委員会側も、国際商標調査は終えたものの、肝心の商標登録については、申請すらしていなかったことが明らかにされました。つまり、商標登録に関しては、どちらも無登録であったため、無為な議論を交わしていたということです。

商標権は、先願主義であるため、先に登録をした人が権利を取得します。商標登録を終えていないのであれば、法的には誰が使用しても商標権の侵害にはならないのです。

著作権侵害について

その後、オリビエ・デビー氏は、「リエージュ劇場のロゴマークは広く公開されており、それを模倣しているのだから、著作権侵害だ」と主張をしました。商標権の主張を収めて、著作権に対する主張に切り替えた形です。

商標権と著作権は、知的財産権という枠組みでは同じですが、法的性格は異なります。

著作権は、絵画や音楽、文章等の著作物を対象としたものであり、主として著作者の人格的な利益の保護を目的としています。商標権との最も大きな違いは、著作権は創作した時点で自動的に発生する権利であるところにあります。あえて登録していなくても、作品が完成した時点で既に著作権が発生しているのです。

リエージュ劇場とオリビエ・デビー氏側は、「著作権が侵害された」として、IOCに対して、エンブレム使用の差し止めと使用料の支払いを求めて、ベルギーの民事裁判所に提訴しました。 これに対して、IOCは五輪組織委員会と連名で「完全にオリジナルな作品」であるとの認識を示した書簡を劇場とデザイナー側に送ったことを表明しています。

著作権侵害に対する見解は分かれる

「著作権侵害」が成立するためには、「依拠性」と「同一・類似性」を証明する必要があります。

依拠性とは、模倣や盗作を故意に行っていたことを指しますが、これを立証することは、訴えられた側が自白をしない限り、ほぼ不可能です。

しかし、客観的に見て明らかに同一の著作物であれば、「同一・類似性」があるとされ、併せて「依拠性」についても推定で認められることになります。この場合、訴えられた側が依拠していないことへの証明を求められ、立証ができなければ著作権侵害を否認できないことになります。

「依拠性」と「同一・類似性」について、佐野研二郎氏は強く否定しました。また世論も、一部に批判的な意見があったものの、この段階では、「似ているが盗作とまで言えないのではないか」といった論調が主流を占めていました。

他の盗用疑惑が致命的に

ところがその後、佐野研二郎氏による過去のデザインに対する盗用疑惑がいくつか持ち上がることになります。

佐野研二郎氏がデザインしたサントリーのキャンペーン賞品となっているトートバッグのデザインに盗用疑惑が持ち上がり、佐野氏が模倣を認め、謝罪しました。

またイメージ・イラストとして佐野研二郎氏が五輪組織委員会に提出したコンペ応募の資料に他人のサイトから2点の画像を無断で転用していたことが発覚しました。この写真の無断不正使用が指摘されたことで、世論の流れが大きく変わることになります。

発表から二カ月後、五輪組織委員会は、佐野研二郎氏がデザインした公式エンブレムの撤回を発表しました。それまで五輪組織委員会は独自性を主張していましたが、作者の過去の盗用疑惑が次々と浮上してきたために、「国民の支援がないと、使うことはできない」としたのです。

会社の知的財産権について

東京オリンピックロゴ問題で明らかにされたように、自社が作成した会社のロゴや商品のネーミングは、商標権や著作権によって守らないと、無断で他人に利用されて、本来得られるはずだった利益が流出するという事態を招くことになります。

会社の資産を守るという観点から、知的財産権である商標権と著作権について解説をしていきましょう。

会社のブランドを守る商標登録

商標権を主張するためには、商標登録は必須です。

たとえば、自社で開発した商品のロゴデザインやネーミングの盗用を防ぐには、商品登録こそが最も有効な方法です。しかし商標登録は、申請書類の作成に手間を要するうえに、審査期間に約8カ月を要するという難点があります。せっかく苦労して申請したのに、既に類似のデザインが登録済だったために、約8か月後に「拒絶査定」として返される可能性もあるのです。

このため商標登録に際しては、商標調査を欠かすことはできません。類似商標の有無を調べる方法として、独立行政法人工業所有権情報-研修館による「特許情報プラットフォーム J-Plat Pat」を利用する方法があります。このサイトは、商標登録初心者でも扱えるように設計されており、すぐに利用できることができます。

また商標として商品のネーミングを登録する場合、一般名称と識別が不能な名称は認められません。たとえば地元産特有の大根の商標として「大根」や「ダイコン」は用いることができないということです。識別できないものとして、商標法では、次の項目を挙げています。

  • 商品や役務の普通名称
  • 商品や役務の慣用名称
  • 商品の産地、販売地、原材料、生産地等で表示したもの
  • ありふれた氏名を用いたもの
  • 極めて簡単で、ありふれたもの
  • 需要者が何の業務に係る商品であるのかを認識することができないもの

ネーミングを商標登録するためには、一般用語とは異なる独自性が求められるのです。

プログラムを守る著作権登録制度

著作権は著作物を創作した時点で自動的に発生する権利です。基本的に著作権を取得するためには、何の手続も要しません。このため一般的な著作物であれば、創作物を作成したという事実を証明できれば、先に創作した方が著作権を有していることになります。

しかし、それだけでは不安だという場合は、文化庁の「著作権登録制度」を活用して登録することで、さらに有効に著作権を保護することが可能です。訴訟問題が発生しても、創作時期の立証が容易に行えます。また不動産の登記と同様に、権利の効力を主張できます。

この著作権登録制度は、あらゆる著作物を対象にしていますが、あえて登録しなくても著作権が発生していることもあり、登録されるものは、会社等で開発されたプログラム著作物が大半を占めています。

今だから理解しよう東京オリンピックロゴ問題: まとめ

東京オリンピックロゴ問題では、商標権と著作権の侵害が大きな争点となりました。しかし、デザインの同一・類似性は、明白なコピーでない限り、立証は困難です。現に、この問題でも、類似していないという声が多く出されていました。

ところが、作者自体の盗用疑惑が次々に浮上してくる中、この五輪ロゴを支持する声が鳴りひそめることになります。

この事象は、「信用」が、日常の不誠実な行動によって、いとも簡単に崩壊しまうことを如実に表しています。ビジネスの世界では、物理的財産や知的財産と同様に「信用」も大きな財産であることを忘れてはいけません。

関連記事

ページ上部へ戻る