給料を電子マネーで!給与のデジタル払いについて解説!
- 2022/10/12
- 法令コラム
現金で振り込まれ、あるいは手渡しされるのが一般的な私たちの「給与」。近い将来、その給与を電子マネーとして受け取るのが当たり前になるかもしれません。
2022年9月13日厚生労働省は、以前から議論が進められていた給与の「デジタル払い」について最新の制度案を提示しました。そこで今回は、給与のデジタル払いについて、現行法での取扱いや今後の法改正などを含めポイントを解説します。
給与のデジタル払いとは?
そもそも、給与とは雇用主が労働の対価として労働者に支払う報酬です。
その支払方法としては、労働者の銀行口座への振込みか、手渡しが一般的となっています。
これに対してデジタル払いとは、スマートフォン決済やプリペイドカード、電子マネーのようなデジタルマネーで給与を支払う方法です。これが認められると、私たちは例えばPayPayや楽天ペイなどで給与を受け取ることができるようになります。これにより給料日のたびに口座から現金を引き出したり、電子決済サービスに口座から入金したりする必要がなくなります。
海外に目を向けてみると、例えばアメリカのいくつかの州では、既に給与のデジタル払いが普及しています。具体的には、ペイロールカードというプリペイドカードを発行し、それにデジタルマネーを振り込む、という方法が採られています。このペイロールカードは、2022年には約840万枚が発行され、総額600億ドルが入金されると予想されています。
一方、日本では給与をデジタルマネーで受け取ることに馴染みがありませんね。なぜ日本で浸透していないのかというと、法律が給与のデジタル払いを認めていないためです。では、日本における給与の支払方法について、現行の法律はどのような規定を設けているのでしょうか。
現行の法律でのデジタル払いの取扱い
日本における給与の支払いについては、主に労働基準法によって規定されています。
労働基準法24条1項
「賃金は、通貨で直接労働者にその全額を支払わなければならない。(後略)」
労働基準法24条2項
「賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。(後略)」
これらの規定は「賃金支払の五原則」と呼ばれ、①通貨で、②直接労働者に、③全額を、④毎月1回以上、⑤一定の期日を定めて支払わなければならないと定められています。
給与のデジタル払いは、①通貨以外のデジタルマネーを、②直接ではなく口座等に振り込むことになるので、賃金支払いの五原則に反し、許されません。そのため、これが認められるには、労働基準法を改正する必要があります。銀行口座に振り込まれる点において、現在主流の口座振り込みによる方法もこの原則に反することになりますが、実は例外として認められているのです。
デジタル払いのメリット・デメリット
では、デジタル払いにはどのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。
デジタル払いのメリットは?
外国人労働者の受入れ拡充
日本で外国人が銀行口座を開設するには、住民票や在留カードが必要であり、在留期間が3か月未満だと在留カードを発行できません。そのため、外国人が日本で働いて給与を受け取るには、言語や文化など慣れない環境の中で口座を開設しなければいけません。これは日本で働こうとする外国人にとって障壁となり、外国人労働者増加の妨げとなっています。
しかし、給与のデジタル払いが認められれば、外国人は口座を開設することなく給与を受け取ることができます。労働力不足が深刻化している日本にとって、外国人労働者の受入れを拡充することはとても重要だといえ、デジタル払いはそこに資すると考えられています。
キャッシュレス化の促進
日本では2021年9月にデジタル庁が新設され、さまざまな面でデジタル化・キャッシュレス化が進められていますが、世界規模でみると遅れをとっていることは否めません。
給与のデジタル払いが認められれば、銀行口座への振込みからプリペイドカードなどへの振込みに移行する企業が増え、労働者は銀行口座からチャージすることなくキャッシュレス決済を利用することができます。これによりキャッシュレス決済の利用も促進され、日本全体としてのキャッシュレス化、すなわち、業務・会計の効率化がより一層期待できます。
デジタル払いのデメリットは?
デジタルマネーの不安定さ
銀行口座に給与が振り込まれる場合、万が一銀行が破綻したとしても、預金保険制度が適用されます。そのため、預金者の口座の元本は保護され、預金者に払い戻されます。
一方、デジタルマネーを取り扱うのは銀行ではなく資金移動業者です。資金移動業者とは、金銭の送金を行う、国や金融業以外の民間企業をいいます。つまりキャッシュレス決済口座を持つ事業者です。
日本では、NTTドコモやソフトバンク、楽天など、2022年7月末時点で85業者が資金移動業者として金融庁財務局に登録されています。資金移動業者が破綻した場合、銀行その他の金融機関に比べて保全される金額が少ないおそれが高いといわれます。全額が払い戻されたとしても、手続に半年程度かかってしまうおそれもあり、このような不安定さはデジタル払いの大きな課題となっています。
セキュリティの問題
銀行口座を開設する必要がないため、労働者はスムーズに給与を受け取れるようになります。しかし、それは厳格な本人確認が困難になることをも意味するため、本人以外に給与が送られてしまうおそれがあります。
また、ハッキングなどによる資金の不正流出や不正送金は、銀行口座への振込みに比べて起きやすいといえます。そのため、送金に関してセキュリティの対策が非常に重要になります。
デジタル払い合法化の動き
政府は、2023年4月にも給与のデジタル払いを解禁する方向で調整しています。では、今後どのように法整備が進められるのでしょうか。
改正法の概要
厚生労働省で検討されているデジタル払いの形態として、資金移動業者を利用するものがあります。これは、雇用主の資金移動アカウントから労働者の資金移動アカウントに給与を送金するというイメージです。
そこで、日本においてデジタル払いを合法化するには、資金移動業者の口座への賃金支払について規制を設ける必要があります。
厚生労働省が想定している規制のイメージとして、金融庁と厚生労働省による2段階の規制があります。以下で各段階について説明します。
金融庁による規制(1段階目)
資金決済法関係法令等により、履行保証金の供託、システムリスク管理など、利用者の保護や資金移動業の適正かつ確実な遂行を図ります。
この規制は登録されている資金移動業者全てに対して、デジタル払いに関係なく行われているものです。
厚生労働省による規制(2段階目)
労働基準法関係法令により、民間保険等による資金保全、換金性、不正引き出しの対策・補償など、賃金の確実な支払を図ります。これらは労働基準法施行規則において要件化され、資金移動業者からの申請に基づき、要件を満たす業者を厚生労働大臣が指定します。
この規制は賃金支払が認められる一部の業者に対してのみ行われるものです。
法改正の時期
法律を改正して賃金のデジタル払いが認められるようになる時期は、まだ確定していません。政府は、これまでも2020年度中の実現を目指したり、2021年度中早期に制度化をするなどの目標を掲げたりしていました。しかし、2022年9月現在、いまだにデジタル払いに関する法改正は行われていません。
まとめ
・給与のデジタル払いには、外国人労働者の増加やキャッシュレス化の促進など、中長期的な、スケールの大きいメリットがあります。
・一方、デジタルマネー自体の不安定さやセキュリティ等、目前の課題への対策が欠かせません。
・また、デジタル払いが合法化したとしても、仮想通貨など一部のデジタルマネーは利用できる可能性が低いといえます。通常の通貨をベースにしていないデジタルマネーは価格変動が激しく、国が認めることが難しいためです。
・今後も、デジタル払いに関する法整備の進展を注視する必要があります。