改正民法における定型約款の適用範囲 ~改正民法の重要ポイント1

改正民法の重要ポイント

今年(2020年)の4月1日より新しい民法(改正民法)が施行されました。今回の民法改正の対象となる債権法の内容が抜本的に改正されたのは、明治29年に民法が制定されてから初めてのことになります。

今回とりあげる「定型約款」の規定は、改正民法において新たに盛り込まれたものです。

いまの私たちの生活は、約款に基づく取引で溢れているといえますから、これらについての基本的なルールが明確になったことには大きな意義があります。

しかし、改正民法の「定型約款」の規定は、「すべての約款取引(契約)」が対象となるというわけではないことに注意しておく必要があります。

約款とは?

約款とは、「契約当事者の一方のみによって作成された契約条項の集合体(契約書)」のことをいいます。

たとえば、保険契約・銀行取引・賃貸借(部屋の賃貸・借金やDVDレンタルなど)の際に相手方から提示される規約が約款と呼ばれるものの典型例です。

また、交通機関(電車・バス・飛行機・タクシーなど)の利用もそれぞれの交通機関が定めている「運送約款」に基づく契約ですし、アプリゲームなどをインストール・利用する際に表示される「利用規約」も約款のひとつです。

その意味では、私たちの生活は約款に基づく取引(契約)で溢れているといえるでしょう。

約款に基づく取引の問題点

約款取引は、「大量取引」が当たり前となっている現代社会においては、特にB to C(事業者対消費者)の取引においては必要不可欠のものといえます。多数の顧客のそれぞれと1件1件契約の詳細について合意しなければならないというのは、非常に不便だからです。

しかし、約款による取引には問題点がないわけではありません。約款取引の問題点としては、一般的に次の点が指摘されています。

  • 契約条項が「当事者の一方の意向」のみで作成されている
  • 約款取引の相手方には、条項を拒否する機会が事実上与えられていない
  • 約款取引の相手方は、個々の契約条項(規約の詳細)について理解していない場合が多い

つまり、約款取引の問題点は、「事業者側に圧倒的に有利」という点に尽きるというわけです。

また、民法においては「契約は当事者間の合意で成立する」ことが原則とされています。約款による取引は、厳密な意味では「合意が成立しているとはいえない」ケースがほとんどですから、その契約による拘束力などを巡って争いが生じるというケースは珍しくありませんでした。

具体例でイメージしてみる

これらの問題点は、具体例でイメージするのが最もわかりやすいといえますので、ここでは、電車に乗るという場合を例に挙げてみましょう。

私たちが電車に乗ってどこかへ行くという場合には、それぞれの鉄道会社があらかじめ定めている「運送約款」に基づいた契約をしていることになります。その具体的な約款の例は下記のリンクのとおりです。

見ていただけたらすぐにわかるのですが、かなりのボリュームの約款ですが、実際にこの約款の内容を理解してから電車に乗っているという人は皆無でしょうし、個別の条項に不満があったとしても鉄道会社と交渉することは事実上できないというわけです。さらに、約款それ自体を認知していないのですから、変更があったとしても気づけるはずもありません。

JR東日本の運送約款(JR東日本ウェブサイト)

もっとも、鉄道運送約款は特に公共性の強いものですから、業法や許認可権のある監督官庁による厳しい規制・監督下にあるため、利用者が一方的に不利になるような条項が不意打ちで定められる(変更される)おそれは皆無といえます。

また、これまでも消費者契約法をはじめとする特別法や判例の蓄積によって約款についてのルールが形成されてこなかったわけではありません。しかし、判例というのは一般の人にとっては簡単にアクセスできるものではありませんから、誰とでも簡単に取引できる現代社会において、約款について明確な(明文化された)基準がないというのは、「知らない人は損をする(救済されない)」というリスクを要因になりかねません。

改正民法で定められたこと

改正民法では、以上のような問題意識から、約款取引についての解決基準を明らかにすることを主たる目的として「定型約款」について、以下の規定を設けることになりました。

  1. 定型約款の定義
  2. 定型約款による契約が成立するための要件
  3. 定型約款を変更するための要件

この記事の解説の対象は、定型約款に関するルールの前提となる1.の規定に関することです。定型約款についての具体的なルールである2. 3.については、別の記事で解説を加えていますので、そちらも参考にしてください。

改正民法の重要ポイント その2
改正民法における定型約款の適用範囲 ~改正民法の重要ポイント2

改正民法の規定はすべての約款に適用されるわけではない

定型約款の規定についてまず注意すべき点は、今回の改正民法で定められたルールは、「社会に存在するすべての約款に適用されるわけではない」ということです。

つまり、私たちの生活のなかで行われる約款取引には、改正民法のルールが適用されるものと適用されないものとがあるということになります。

定型約款とされる約款の具体例

今回の改正民法で設けられた規定が適用されるのは、約款のうちで「定型約款」と評価されるものに限られます。

改正時の議論などにおいて、定型約款に該当することについて特に争いのない約款の具体例は下のとおりです。

  • 鉄道の旅客運送契約における運送約款
  • 宅配便契約における運送約款
  • 電気供給契約における電気供給約款
  • 普通預金規定
  • 保険取引における保険約款
  • インターネット取引における購入約款
  • インターネットサイト・アプリの利用契約における利用規約
  • 市販のコンピューターソフトのライセンス規約

改正民法が適用される約款の範囲

今回の改正民法で定められた規定の適用対象となる「定型約款」とは、民法548条の2の規定によれば「定型取引における定型約款」のことを指します。

定型取引・定型約款の定義

定型取引・定型約款は、同じ条文(民法548条の2)において、次のように定義づけられています。

定型取引ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの
定型約款定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体

このうち「約款」の定義それ自体は、従前(一般の人の約款のイメージ)と大きく変わるものではありませんから、改正民法の適用の有無を判断する要素としては、その取引が民法の定めている「定型取引」に該当するかどうかが最も重要なポイントとなります。

定型取引の要件

上で紹介した条文上の定義からは、「定型取引」とされるためには、次の要件を満たす必要があります

  • 1人の者と「不特定多数」との取引である
  • 契約内容の全部又は一部が画一的であることが契約当事者にとって「合理的である」こと
  • 約款が当事者の一方によってあらかじめ定められた条項の集合体であること

契約の相手方が不特定多数である

この要件については、「不特定性」と「多数性」の両方を満たしていなければならない点に注意する必要があります。実務の上では「不特定性」の有無が問題とされることが予想されます。

たとえば、立法担当者は、労働契約は「相手方の能力・人格等の個性に着目している」契約なので、多数との契約であっても不特定多数との契約とはいえない(したがって定型取引ではない)と解説しています(筒井健夫・村松秀樹『一問一答民法(債権関係)改正』243頁)。

わかりやすくいえば、不特定性要件は、「その契約の相手は誰でも良い」といえるかというものであるといえます。 したがって、「婚活サービス」などのように「独身であること」を契約条件とするような場合であっても、「独身者」という縛りそれ自体は、「独身であれば誰でも良い」という趣旨にすぎないわけですから、「相手方の特定されている取引」(=定型取引ではない)とはいえないことになります。労働契約が「どこにも務めていない人であれば誰でも良いというわけにいかない」ことと比較をするとわかりやすいかもしれません。

契約内容が画一的であることに合理性があること~「契約のひな形」は対象外

2つめの要件は、「契約内容が画一的であり、画一的な内容とすることに合理性がある」という点ですが、「内容を画一的にすべき強い要請のある契約であるかどうか」と言い換えた方がわかりやすいかもしれません。

たとえば、交通機関の運送契約やライフラインの供給契約などは、「どのユーザーでも同じ条件で利用できる」ということに大きな意義がありますので、契約内容はむしろ画一的でなければならないといえます。

また、不特定多数の消費者に対して同一のサービスを提供する場合(ウェブサイトの閲覧やアプリ提供など)も、「同一サービス同一条件」が最も公平といえますから、画一的な契約内容であるべきと考えるべきでしょう。

他方で、立法担当者の解説によれば、B to Bの取引(事業者間取引)で用いられることの多い「契約書のひな形」は定型約款には該当されないとされています(247頁)。契約書のひな形は、あくまでも「個別交渉のたたき台」に過ぎず、個別の契約条件は当事者間の契約(合意)で決められるべきといえるからです。つまり、そのひな形通りに契約に至ることが多いとしても、それは「ただの結果」であり、契約書のひな形(定型契約書)を用いることも、「一方の都合に過ぎない(双方に合理性がない)」というわけです。

約款が当事者の一方によってあらかじめ定められた条項の集合体であること

約款といえるためには、複数の契約条項が存在する必要があります。たとえば、「商品○○を100円で売却する」という条項のみの契約であれば、それについて相手方から合意を得ることが基本であり、そもそも定型約款の問題ではないといえます。

また、実際に生じる約款のトラブルも、「○○円で売り買いする」という契約の中心部分(中心条項)ではなく、それに付随して設けられている条項をめぐるものがほとんどです。たとえば、ある商品を購入する契約をしたら「毎月○○円のメンテナンス料を継続的に支払う」という付随条項がついていたというケースが最もわかりやすい例といえるでしょうか。

たとえば、銀行カードローンなどの契約でも、「返済を滞納があれば銀行は預金と相殺できる」、「保証会社に代位弁済を依頼できる」といった付随条項が設けられており、中心条項についての合意によって「これらの付随条項への合意もあった」とみなすことができるかどうかというのが、定型約款の仕組みにおいて最も重要な部分といえます。

この要件は、これらの条項が契約に先立ってあらかじめ定型化された条項の集合体で用意されているということを求めているものといえるので、「契約交渉に入ってから事後に設けられた条項については、定型約款の規定は適用されない(明治の合意がいる)」ということになります。

定型約款該当性について議論のある契約類型

ここまで説明してきたように、ある定型文を用いた約款が、改正民法における定型約款(定型取引)といえるかどうかは、「ぱっと見てわかる基準」があるわけではありません。定型取引・定型約款該当性の判断は、定型文が用いられているかどうかといった形式要素ではなく、「その契約の趣旨」に基づいた実質判断でなされるべきことだからです。

そのため、改正民法が施行されたばかりのいまの時点でも、すでに定型約款(定型取引)の該当性について見解の分かれている契約類型があります。

建物賃貸借契約とその約款

結論の別れる契約類型の例のひとつめは、建物の賃貸借契約です。

立法担当者の解説によれば、建物賃貸借契約のひな形は、「個人が経営する小規模な賃貸用建物の場合には定型約款とはいえない」とされています(一問一答246頁)。たとえば、数部屋程度をかまえるアパートの賃貸においては、部屋の条件などに応じて個別に賃貸の条件が決められるのが筋であって、契約書のひな形で対応するのは家主(賃貸人)側の都合に過ぎないというわけです。

その他方で、立法担当者は、「複数の大規模な居住用建物を建設した大手の不動産会社が同一の契約書のひな形を使って多数に上る各居室の賃貸借契約を締結しているといった事情がある場合には、個別の事情によっては、定型約款に該当することもあり得る」としています(一問一答246頁)。

銀行取引における約款~ローン契約約款の定型約款該当性

銀行をはじめとする金融機関との取引には、それぞれの取引ごとにさまざまな約款が用意されているので、それぞれについて個々に適合性の判断を行うべきといえます。要するに「銀行(と消費者と)の取引だから定型約款である(定型約款ではない)」というような考え方はしないということです。

銀行取引のうち、いわゆる「普通預金契約」は、同一条件で不特定多数の相手方と契約する必要性の高いものといえますから、その約款は定型約款に該当すると考えられる点は、ほぼ争いがないと思われます。

しかし、カードローン契約や住宅ローンの契約については、必ずしもどちらかに決めきれるものではないといえそうです。これらの契約では「審査」が行われ、その結果に基づいて「個別に融資条件」が決められるものといえるからです。

とはいえ、カードローン契約は、住宅ローンに比べれば「契約事務の定型処理」によって事業者だけでなく顧客にも一定の利益(合理性)があると考えられる余地がないわけではありません。カードローンはストックビジネスの典型ともいえ、統一約款によるコストカットはビジネスモデルの根幹ともいえるからです。実際にも、カードローン約款の前書きとして「この約款は、民法の定型約款に該当する」と宣言しているものも少なくないようです。

JAバンクカードローン融資約款(JA関西ウェブサイト)

他方、住宅ローンは、担保の評価に代表されるように「案件の個性を重視する契約」といえる点で、無担保が原則のカードローン契約と比べると定型約款該当性は低いといえます。しかし、個別の金融機関の対応によっては(約款の定型化によって顧客にも利率・手数料などの還元があると考えられる事情があれば)、その約款の定型約款該当性が認められる余地も残されているといえます。

特に、銀行取引の約款は、民法の研究者・実務家の見解も分かれている契約類型であるので、今後の議論・判例の展開を注視しておく必要があるといえます。

改正民法が適用されない約款はどのように取り扱われるのか?

改正民法が定める定型約款に該当しない取引については、これまでの判例などによって蓄積されてきたルールが適用されることになります。したがって、定型約款に該当しないから「ルールがない」、「すべて合意原則だけが適用される」というわけではないので注意しましょう。

また、定型約款に該当しないからといって、改正民法が定める定型約款の規定が全く適用されないということにもならなそうです。むしろ、改正民法が施行された(定型約款のルールが定められた)ことにより、非該当取引における規範は、より厳しくなる可能性が高いといえます。

なぜなら、今回の改正民法に盛り込まれた定型約款に該当する約款には「公共性の強い取引」が多く含まれますが、そのような取引に課せられた法律上の条件よりも、私的要素の強い定型約款非該当取引に、(事業者側に)緩やかなルールが適用されることは考えづらいといえるからです。

消費者・企業が注意すべき点 ~まとめに代えて

定型約款は、今までの民法にはなかった新しい制度なので、施行当初はさまざまな混乱が生じる可能性があります。

また、定型約款の仕組みそれ自体についてもさまざまな議論がなされている(改正時の議論でも賛否の両論があり集約しきれなかった)という事情がありますから、「新しい制度なのにスッキリしていない」部分も多々あるといえますので慎重に対応する必要があるといえそうです。

消費者が注意すべき点

一般の人にとって、今回の定型約款の規定は、かなり厄介のものといえるかもしれません。ルールが明確化されたことは歓迎すべきですが、個別のケースについて定型約款に該当するかどうかを判断するためには、一定以上の法律知識が必要となると考えられるからです。

また、個別のケースでは「法律ではこうなっている」と事業者側に一方的にやりこめられてしまい泣き寝入りに追い込まれる人が増える可能性も否定できません。

とはいえ、定型約款が適用されないケースであっても、多くのケースは消費者契約法などによって救済を受けられる余地があります(※定型約款に該当するケースでも消費者契約法による救済を受けることは可能です)ので、あきらめる必要はありません。

「変な契約にひっかかってしまった」と感じたときには、できるだけ早い段階で、消費者問題に詳しい弁護士や、消費生活センターなどに相談することが大切といえます(「局番なし188」でかけることのできる消費者ホットラインが便利です)。

全国の消費生活センター等(国民生活センターウェブページ)

BtoCの取引を行っている事業者は契約の再点検が必須

不特定多数の消費者との取引を行っている事業者は、それに関する約款(契約条項)を再点検する必要があるといえます。

この際には、「約款が定型であるか」形式面でのチェックではなく、それぞれの契約の趣旨に基づいた実質的なチェックが重要となるので、やはり法律知識のある専門家の助力を得た方が安心といえます。

すでに解説したように、「改正民法が適用されない(定型約款ではない)からといって、改正民法(定型約款)のルールは無視できる」というわけではありません。「事業リスクの明確化」という観点からは、現状の約款のうち定型約款該当性が疑われるものがある場合には、定型約款に該当する方向に約款・事務対応の見直しを図っていくことの方が賢明ではないかと思われます。

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