日本大学の理事長田中英壽氏らの起訴に関する不正事案についての第三者委員会調査報告書の概要
- 2022/6/8
- 第三者委員会
在籍する学生数や保有する資産の額などで最大級の規模を誇る日本大学で度重なる不祥事が確認されました。東京地検特捜部が日本大学に捜索差押をしたことや理事長の田中英壽氏を逮捕したこと、アメフト部の悪質タックルなど様々なニュースを耳にした方も多いと思います。今回は、これらの不祥事について第三者委員会が調査した結果の概要をお伝えし、日本大学の運営の実態をご紹介します。
第三者委員会の概要
構成
委員長 | 橋本 副孝(東京八丁堀法律事務所 代表弁護士) |
委員 | 早稲田 祐美子(東京六本木法律特許事務所 パートナー弁護士) |
委員 | 垣内 正(奥野総合法律事務所・外国法共同事業 客員弁護士) |
さらに、14名の弁護士及び3名の公認会計士が補助者として調査の補助に当たりました。
また、大学経営論を専門とする東京大学大学院教育学研究科の両角亜希子教授から意見を聞きました。
調査方法
- 関係資料の精査
- 関係者に対するヒヤリング
- デジタル・フォレンジック調査
- アンケート調査・ホットラインの開設
- 主要取引先への確認表送付
調査の実施期間
令和4年1月21 日から同年3月30日まで
調査の対象
- 第1事件…井ノ口氏及び籔本氏が起訴された板橋病院の建替えに関する背任事件
- 第2事件…井ノ口氏、籔本氏及び?田氏が起訴された板橋病院における医療機器等の調達に関する背任事件
- 第3事件…田中氏が起訴された所得税法違反事件
- その他関連事件
このように、今回の調査対象は非常に多岐にわたりました。
調査結果
前提となる事実
・株式会社日本大学事業部
日本大学は、学校法人日本大学(以下「日本大学」といいます。)として存在しますが、大学や大学病院が使用する機器や物品の調達などは株式会社日本大学事業部(以下「事業部」といいます。)が行うこととなっています。簡単にいうと、事業部が物品を購入して、その物品を日本大学に提供する流れになっています。
事業部が設立された理由は、恒常的な業務を事業部にアウトソーシングすることで、新たな収入源の確保とコストの削減を実現するためでした。
株主は日本大学のみで、事業部と日本大学は実質的に同一でした。
第1事件
・背景
日大医学部附属板橋病院は、老朽化のため建替えをする必要がありました。そこで、事業部は、複数の設計会社に対して、設計の提案書を提出させ、その中からよいものを選ぶプロポーザル形式で設計会社を決定することにしました。
・設計会社の決定
候補4社がプレゼンを行い、各審査員が採点をしたところ、会社タが1位、会社キが2位でした。これを受けて、当時の事業部取締役の井ノ口氏は機嫌が悪くなり「空気を読まん奴がいる。こんなんじゃあかん、直せ」などと述べて、自身の立場を利用して圧力をかけました。そして、プレゼンテーションの内容や採点した点数を改ざんして会社キが1位になるようにしました。
こうして、会社キが設計会社として選出され、日本大学と会社キの間で契約が結ばれることになりました。
・インテリジェンスへの送金
井ノ口氏は、会社キの副社長に対して、契約金額の割引と事業部への管理費用の支払いを要求(計画①)しました。これを知った日本大学は、会社キが事業部に対して管理費用を支払うことは不適切であるから、日本大学が会社キに支払う金額を減額し、その減額分を報酬として日本大学が事業部に対して支払うべき(計画②)だと井ノ口氏に伝えました。
ここで、井ノ口氏は、この状態をうまく使って管理費用を自分のお金として入手しようと画策しました。すなわち、日本大学には計画②の通り、事業部が管理費用を受け取らないと説明し、会社キには計画①の通り、管理費用を支払うように伝えました。さらに、管理費用の支払い先は、事業部ではなく籔本氏が実質的なオーナーであるインテリジェンスという会社にするよう指示しました。
・背任罪
このようにして、インテリジェンスは不正に2億2000万円もの管理費用を入手しました。この管理費用がどのように使われたかは、井ノ口氏と籔本氏、田中理事長がヒヤリングを拒否したため、特定することができませんでした。しかし、井ノ口氏らは、日本大学のために誠実に業務を遂行する義務があったにもかかわらず、その義務に反して日本大学に損害を加えたため、背任罪に問われることになりました。
第2事件
・背景
日大医学部は、MRIなどの医療機器7式が耐用年数を超えていたため新調する必要がありました。そのため、医療機器7式を事業部が購入し、それをリース会社に売却したうえで、さらに日大医学部が医療機器7式をリースすることを計画しました。
また、それと同時に、電子カルテシステムについて、ベンダーである会社ヌの保守サービスの期間の終了が目前に迫っていたなどの様々な事情があり、板橋病院は電子カルテシステムやハードウェア等の一式について更新が求められていました。
・医療機器7式の更新
事業部は、井ノ口氏の主導で、入札手続きにより会社テから医療機器を購入することにしました。しかし、会社テから直接購入するのではなく、複数の会社を介在させて売買契約の手続きを進めることにしました。すなわち、会社テから会社二、株式会社FRONTIER OF HEALTHCARE INNOVATION(以下「FHI」といいます。)、ニシキ、会社ク、事業部に順次売買されました。そして、ニシキは籔本氏が実質的なオーナーであり、商流に入る必要がなかったにもかかわらず、この転売により1億3860万円もの利益を得ました。
・電子カルテシステムの調達
板橋病院では、大きな病院の電子カルテシステムのトップシェアメーカーの会社ヌのシステムを利用していました。そのため、会社ヌのシステムを更新して継続して利用することがベストでした。しかし、井ノ口氏は、平成30年5月に発生したアメフト危険タックル事件でタックルを実行した学生が会社ヌに就職することを知り、会社ヌのシステムを利用することを嫌い、別のメーカーに変更するよう指示しました。(井ノ口氏はアメフト危険タックル事件を受けて理事、評議員を一時辞任したため、個人的な恨みがあったと考えられます。)
このような経緯から、日大のコンサルティングを行うFHIの代表取締役の?田氏は、なるべく会社ヌのシステムを利用しない現実的な計画を模索しました。その結果、電子カルテシステムのうち、基幹システムは会社ヌのものを利用せざるをえないものの、ハードウェア、各部門システムは他社から調達することになりました。
そして、?田氏は、部門システムの調達の際に、医療機器7式の更新と同様に、複数の会社を介在させることにしました。すなわち、各ベンダーからFHI、インテリジェンス、会社フ、事業部に順次売買されました。第一事件でも登場したインテリジェンスは籔本氏が実質的なオーナーであり、商流に入る必要がなかったにもかかわらず、この転売により6740万円もの利益を得ました。
第3事件
日本大学の理事長の田中英壽氏は、令和3年12月20日に第3事件で起訴されました。その内容は、日大の関係業社等からリベート収入等を受け取っていたものの、これを所得として申告しなかったため、合計5233万円を脱税したというものでした。
委員会は、田中氏やその夫人、井ノ口氏や籔本氏に質問を試みましたが、公判係属中であることなどを理由に拒否されました。そのため、委員会が刑事記録の内容を確認できない以上、田中氏の認識等について確認することはできませんでした。
なお、田中氏には執行猶予付きの懲役1年の判決が下り、確定しています。
その他関連事件
この他にも、①不公正な方法で入札手続きを進めたこと、②特定の業社に不当な利得を得させたこと、③事業部のマンションの利用などの私物化、④特定の会社との癒着関係などが確認されました。
原因分析
委員会は、これらの一連の事件の原因は以下の通りだと認定しました。
- 井ノ口氏、田中氏らの規範意識の欠如
- 田中氏による先制的な体制
- 日大の風土(組織の同質性、上命下服の体質)
- 事業部の寄付金増額のための業務拡大の方針
- 田中氏による井ノ口氏の重用
- 井ノ口氏による事業部の強圧的支配と事業部内の牽制機能の不全
- 事業部からの調達要件緩和と日大による監督の不全
- 公益通報制度に対する不信
責任の所在
委員会は、一連の事件に関わった多くの人物の責任を詳細に認定していましたが、本記事では、その一部をご紹介します。
井ノ口氏の責任
井ノ口氏は第1事件及び第2事件をいずれも主導実行したから、事業部取締役ないし日大理事として故意による任務懈怠責任があると認定しました。これに加えて、日大に与えた損害について、不法行為責任(民法709条)があると認定しました。
田中氏の責任
田中氏は理事長の立場にあり、「事業部に対する監督体制を構築し、それを機能させる義務」を負っていたにもかかわらず、それを全く履行しませんでした。そのため、日大に対する重大な任務懈怠責任があると委員会は認定しました。
再発防止策
委員会は、以下の再発防止策を提言しました。
- 役員等の規範意識の涵養への取組み
- 理事長制度の改革
- 理事会、評議員会の監督機能の回復
- 監事の監査機能の強化
- 人事異動の透明性の確保
- 公益通報制度の信頼回復
まとめ
日本大学には、11万人もの学生が在籍し、卒業生は122万人を超えます。その知名度ゆえに学校自体にブランド力があるため、このような不祥事は、在籍する学生や卒業生の社会的評価に影響を及ぼしかねません。学校は利潤を生み出す場ではなく、学びを生み出す場であることを再確認し、第三者委員会による調査をきっかけに、日本大学がさらによい学校へと生まれ変わることを願うばかりです。