緊急事態宣言発令後の裁判所業務 ~業務の縮小・中断の判断基準と4つの具体例

緊急事態宣言発令後の裁判所業務

先日発令されたコロナウイルス感染の緊急事態宣言によって、さまざまなサービスが業務縮小・停止となるケースが増えています。このような業務の縮小・停止は民間事業者によるものに限らず、官公署などの業務においても同様です。

そこで、今回は緊急事態宣言発令後の裁判所の業務(訴訟手続の今後の進行など)はどうなるかということについてまとめてみました。

なお、この記事での解説は、裁判所が既に定めている業務実施計画に基づくものですが、個別の案件の取り扱いについては、事件を依頼している弁護士もしくは事件を担当している裁判所(担当書記官)に直接問い合わせて確認してください。

緊急事態宣言発令後の裁判所業務の基本計画

裁判所などの官公署のほとんどは、新型インフルエンザ等対策特別措置法が制定された際に緊急時(ウイルスなどの感染が社会に拡がったとき)の業務のありかたについて、すでに具体的な計画を定めています。

裁判所の場合には、最高裁判所が平成28年6月1日に策定した「新型インフルエンザ等対応業務継続計画(以下、「業務継続計画」とします)」がこれに該当しますので、今回の緊急事態宣言発令後の裁判所業務も原則としてこれに基づいて実施されていくと思われます。

以下、この記事ではこの業務継続計画に基づいて解説をおこなっていきます。

【参考】
最高裁判所「新型インフルエンザ等対応業務継続計画」(裁判所ウェブサイト)

現在係属している裁判手続の取り扱い

裁判所は、コロナウイルスなどの感染拡大のレベルに応じた業務継続計画を定めています。下の表は、その概要をまとめたものです。

感染拡大の程度業務実施計画の内容
海外感染期(海外における感染が見られるが国内では感染が生じていない場合)業務継続計画に修正等を加える必要性の有無について検討する。縮小又は中断する業務や縮小内容等の方針について関係機関に周知するなどして,国内感染期に移行した場合に備える。
国内感染期(国内で感染が生じたがその感染経路を把握できているとき)各裁判所の実情等に応じて,発生時継続業務以外の業務のうち,優先順位の低い業務を縮小又は中断することを検討し,特定の部署で欠勤者が多数となった場合には応援体制をとることも検討する。発生した新型インフルエンザ等の病原性や感染力等が不明である場合には,これらが重篤な場合を想定して,早期に発生時継続業務以外の業務をいったん縮小又は中断し,その後,状況を踏まえて縮小又は中断の見直しを検討する。
感染蔓延期(国内での感染においてその感染経路を把握できないとき)政府対策本部が国内感染期に入ったことを宣言した場合には,発生時継続業務以外の業務を縮小又は中断し,新型インフルエンザ等発生時の業務体制に移行する。政府対策本部が,新型インフルエンザ等緊急事態(新型インフルエンザ等対策特別措置法32条1項)を宣言した場合には,各裁判所の実情等に応じて,発生時継続業務以外の業務を大幅に縮小又は中断する
小康期政府対策本部が小康期に入ったことを宣言した場合には,通常の業務体制への復帰を検討する。業務の拡大・再開等については,地域における感染状況等を踏まえ,各裁判所が柔軟に判断することとする

現在は、感染蔓延期のうちでも、緊急事態宣言がなされた場面に該当するので、業務継続計画においては、「発生時継続業務以外の業務」については大幅に縮小・中断されるということになります(発生時継続業務については後に解説します)。

実際にも、緊急事態宣言の対象となった地域を管轄する裁判所では、すでに係属している多くについては、すでに予定されている期日については「取消し」とした上で、今後についてもスケジュールを白紙にする(実務では「追って指定する」といいます)対応がなされているようです。

可能な限り通常通りに業務が継続される事件(発生時継続業務)

業務継続計画では、緊急事態宣言発令後であっても、継続される裁判所の業務のことを「発生時継続業務」と呼んでいます。発生時継続業務は、さらに「強化・拡充業務」と「一般継続業務」とに分類されます。

強化・拡充業務

強化・拡充業務は、主としてコロナウイルス等に対策するために(臨時・緊急に)業務を強化・拡充させなければならない業務です。

したがって、主としては、裁判所内の指揮命令系統の確保や職員・利用者の感染予防などに関する裁判所内の業務となりますが、対外的には、裁判所の対応情報の周知、外部からの問い合わせへの対応業務が該当します。

一般継続業務

一般継続業務は、上記の強化・拡充業務以外の業務のうち緊急事態宣言発令後も「可能な限り通常通りに実施される業務」のことです。

裁判手続(民事訴訟・刑事訴訟など)の実施に関する業務については、その事件の種類に応じて、一般継続業務となるものとそうではないものに分類されます。

業務継続計画では、裁判手続のうち一般継続業務に該当するものは以下の事件とされています。

事件の分類一般継続業務となる事件
民事事件文書の受付特に緊急性の高い保全事件(仮差押え・仮処分)DVに関係する事件(保護命令など)人身保護事件
刑事事件文書の受付令状に関する事務身柄に関する裁判医療観察事件(鑑定入院命令・決定のなされている事件)
家事事件文書の受付令状に関する事務特に緊急性の高い保全事件(仮差押え・仮処分)
少年事件観護措置に関する事務(令状に関する事務を含む)観護措置のとられている少年審判事件

たとえば、DV(家庭内・配偶者暴力)が生じていて「保護命令」や「接見禁止命令」を受けたいという場合には、すぐに手続をしなければ人命にかかわることもありますので、裁判所の手続もこれまでどおり実施されます。

また、文書の受付業務は、事件の種類を問わずに一般継続業務とされていますので、訴えの提起(訴状の提出)などの各種の申立てそれ自体は通常通りに行えるものと思われます(ただし、下で解説するように、裁判期日は後日開催ということになります)。

発生時継続業務以外の業務は大幅に縮小・中断

一般継続業務以外の裁判事件は、それぞれの事件などの優先度(緊急度)に応じて、業務が縮小・中断されます。

業務継続計画では、発生時継続業務に該当しない業務を第1順位から第3順位までの3つのランクに分類し、裁判所の業務処理能力に応じて業務の縮小・中断を決するものとされています。

業務継続計画において、発生時係属業務以外で第1順位の業務(優先度の高い業務)とされているものは、下記のとおりです。

事件の分類一般継続業務となる事件
民事事件保全事件執行事件倒産事件 について特に「緊急性」があるもの
刑事事件刑事公判(身柄が勾留されている事件)略式手続(交通事故で罰金刑となる場合など)
家事事件保全事件

「緊急性」の判断は、それぞれの事件ごとに、対象となる権利義務の内容や、事件に関係する当事者が抱える個別事情に応じて判断されることになるといえます。一般的には、「すぐに手続をしないと回復・保護できない権利であるかどうか」、「生命身体の安全に関わることかどうか」といった要素がポイントになるといえるでしょう。

ただ、これらの事情を判断するためにも裁判所のリソースが割かれるということを考えれば、当事者自身が「特に急がない」と感じている案件については、状況が収束するまでは、手続の申し立ても見送った方がよいといえそうです。

こんなのケースはどうなる?~4つのケースにおける今後の見通し

この記事を読んでいる人の多くは、「裁判所に何かしらの案件を持ち込みたい」と考えている人が多いと思います。

そこで、以下では、通常よくありがちな4つの例について、今後の裁判所での対応の見通しなどについてまとめてみたいと思います。

友人や知人に貸したお金を返してもらいたい

友人・知人に貸してお金が返ってこないというようなケースでは、民事訴訟・支払督促といった手続を行い、それによって得た債務名義(確定判決・確定した仮執行宣言付支払督促)に基づいて強制執行(給料などの差押え)を行うことで強制回収を図ることができます。

貸金に関係する通常民事事件(訴訟・督促手続)や強制執行事件は、業務継続計画では、「一般継続業務以外の第2順位業務」とされていますので、緊急事態宣言が発令されたいまの状況においては、これらの手続は業務の大幅縮小・中断の対象となると考えられます。

したがって、訴えの提起(督促の申し立て)自体は可能ですが、申立て後の手続の進行はかなり遅くなる可能性が高いといえます。

「裁判でお金を返してもらえなければ生活が困窮する」ということは、たしかに当事者にとっては「緊急性の高い」事情といえなくはないかもしれません。しかし、そもそも裁判を申立てたからといって「すぐに強制回収できる」というわけではないことを前提にすれば、いますぐ裁判をしないと「権利自体が失われる」というようなケースでない限り、手続の進行はかなり遅くなる可能性が高いといえます。

消滅時効の完成が迫っているケース

「手続をしないと権利が失われる」というケースの典型例は「消滅時効の完成」がすぐに迫っているという場合です。このような場合には、「相手方への訴状送達」までの手続については迅速に対応してもらえる可能性が高いといえます。訴えが提起され、相手方に訴状が送達されれば、消滅時効は「訴え提起の時点」で中断(4月から施行された改正民法では時効の更新といいます)されることになるからです。

ただ、この場合であっても、その後の手続(口頭弁論期日)については「追って指定」という対応になることが多いと思われますので、すぐに回収できるようになるというわけではありません。

すでに債務名義をもっている場合に強制執行できるのか?

緊急事態宣言発令前に訴訟等を行っていて、確定判決や確定した仮執行宣言付支払督促や執行証書といった債務名義を持っている場合でも、すぐに給料差押えなどをしてもらえるかどうかは、いまの状況では難しいといえます。通常の強制執行に関する事務は、「第2順位」の業務とされているからです。

養育費を滞納されたので差押えをしたい

家賃の未払い・滞納と同じように、減収を理由に離婚した元の配偶者からの養育費が支払われないというケースも増えるかと思います。

通常であれば、裁判所の調停や判決に基づいて離婚した場合や離婚条項を公正証書(執行証書)にしているケースであれば、養育費についてすでに債務名義がありますので、裁判などを経なくても相手方の財産を差し押さえることが可能です。

養育費は「毎月確実に支払われること」が特に重要であるとされていることから、緊急事態宣言発令後であっても、養育費の支払いを求める訴訟や強制執行(相手方の給料の差押え)の手続は、第1順位に該当する事件として取り扱われる可能性が高いといえます。したがって、裁判所が一般継続業務以外を処理できない状態に陥っていない限りは、通常に近い対応をしてもらえると思われます。

しかし、コロナ禍による減収を原因とする養育費の不払いの場合には、給料それ自体の遅延・未払いなどが原因となっているケースも多いと思います。したがって、「差押えなどの手続を行ったとしても養育費を回収できない」可能性も高いので、「自治体などによる支援」といった他の方法によって直近の生活費を工面することも検討しておいた方がよさそうです。

家賃を滞納した賃借人を立ち退かせたい

緊急事態宣言発令により経済活動が萎縮してしまったことで、大幅減収になる人も多くなると思われます。そのため、今後家賃の支払いが長期滞納となるケースも増えると思われます。

しかし、賃貸物件の強制立ち退きは、一般的に「緊急性の高い事件」とはいえません。なぜなら、家賃を滞納した賃借人が物件を占有しつづけたとしても、賃貸人の生命身体などを害するような損害が発生することはないからです。したがって、賃借人が物件を破壊しようとしている」といった特殊な事情がある場合を除いては、「家屋明渡し請求訴訟」などは、申立てをしても手続の実施はかなり先送りされる可能性が高いといえるでしょう。

裁判をしても立ち退きを求められない可能性があることに注意

コロナ禍が原因の減収で家賃滞納となった場合には、「家賃未払い・滞納による契約解除」は認められない可能性があることにも注意しておく必要があるでしょう。家主による賃貸借契約の一方的な解除には、「信頼関係の破壊」が認められる客観的な事情がなければならないとされているからです。

コロナ禍による失職・減収で家賃が支払えないときの対処方法
コロナ禍による失職・減収で家賃が支払えないときの対処方法

当事者からの申立てで裁判期日を延期してもらうことも可能

東京・大阪地裁では、すでに多くの事件について、期日の取り消しとなっています。緊急事態宣言の対象となった他の地域においても、今後同様の対応となると思われます。

裁判所ウェブサイトの案内によれば、裁判所が期日を取り消さなかった場合であっても、当事者側から裁判所に相談することで期日を延期する対応をしてもらえる可能性があるようです。

特に、期日に出頭しなければならないが体調に不安がある(熱がある)といった場合には、無理することなく早めに裁判所に相談しましょう。

【参考】
新型コロナウイルス感染症への対応について(裁判所ウェブサイト)

まとめ:裁判所・弁護士への問い合わせを忘れずに

緊急事態宣言発令によって、裁判所の業務は原則として大幅に縮小・中断されることになります。

しかし、緊急性の高い案件については、可能な限り通常通りの対応が行われるものと思われます。他の事件について業務を縮小・中断するのは、必要な裁判行政が滞ることによって国民生活に支障を生じさせないためだからです。

特に、DV関係のような生命・身体の危険に直接関係するような問題は、緊急事態宣言が発令されていても遠慮することなく手続を行うべきといえます。

なお、この記事での解説は、すでに公開されている業務継続計画を筆者なりに当てはめたものにすぎませんので、「一応の参考」という程度にとどまるものです。

実際のケースでの対応は、その時点での裁判所の処理能力(出勤可能な裁判官・書記官などの人員数)、その時点で裁判所に係属している他の一般継続業務の数といった不確定な要素に左右される可能性も高いといえますから、同じ裁判所であっても手続をしたタイミングで結論が変わるということも十分あり得ることといえます。

したがって、個別のケースについての最終的な見通しについては、裁判所もしくは事件を依頼した(依頼する予定の)弁護士に直接確認するようにしてください。

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