新しい財産開示手続の概要 ~養育費などの不払いを解決できる新しい制度

新しい財産開示手続の概要

債務者の財産差押えは、金銭債権を回収するための最終手段です。しかし、実際には、「強制執行をしたくてもできない」というケースは少なくありません。債務者に差し押さえるべき財産が全くない場合がその典型例といえますが、「債務者にどのような財産があるかわからない」ために強制執行できないというケースも少なくありません。また、給料を差し押さえようにも、債務者が債権者に内緒で転職(退職)してしまったという場合も同様です。

このような場合には裁判所に「財産開示手続」を申し立てることが有効です。財産開示手続は、今年(2020年)4月1日から施行されている改正民事執行法によってかvなり利用しやすい制度になり、「養育費の不払い問題」の解消などに大きな役割を果たすことが期待されています。

財産開示手続とは?

財産開示手続とは、その名の通り、債務者に対して強制執行の対象となり得る財産(や債権など)の情報を開示させるための裁判所の手続です。

わが国では、平成15年の民事執行法改正の際に創設された制度なので、比較的新しい制度ということができます。

強制執行申立ての要件と財産開示手続との関係

養育費や貸金などの金銭債権を満足させる目的で債務者に対し強制執行(財産の差押え)を行う際には、債権者によって差押えの対象となる財産が特定される必要があります。

つまり、「何でも良いから債務者の財産を差し押さえて欲しい」というような申立てをすることもできませんし、債権者が申立てをすれば裁判所(執行官)が適宜の財産を見つけ出して差押えしてくれるというわけでもないのです。

とはいえ、債権者は、他人である債務者が所有する財産や債権について詳しい情報をもっていないことの方が通常であるといえます。そのため、実際の債権回収の場面では(特に、養育費・貸金といった個人対個人の強制執行の場面では)、債務者の財産についての情報がないことを理由に、「強制執行の申立てができない」というケースは決して珍しいことではありません。

このような状況は、債権者と債務者との関係を不公平にする(債務者は財産を隠しさえすれば強制執行を逃れられる)ことにもつながり問題があるといえ、財産開示手続はこのような問題を回避するための制度といえます。

これまでの財産開示手続の問題点

しかしながら、平成15年改正法で創設された財産開示手続は、債権者にとって、次のような点で必ずしも使い勝手の良い制度とはいえませんでした。

  • 仮執行宣言付き判決・支払督促・公正証書を債務名義とする場合には利用できない
  • 財産開示の方法が債務者からの情報提供のみである
  • 債務者が財産開示手続を無視した場合の罰則が弱い

特に、財産開示手続において不誠実な対応をした債務者への罰則規定が弱いことは、「差押えを受けるよりも罰則(上限30万円の過料)を受けた方が債務者にとって利が大きい」と判断されてしまう大きな要因となり問題があるとされてきました。

財産開示続きの改正点

以上のような問題を受け、令和元年に成立した改正民事執行法において、次のような改正がなされました。

  • 申立て要件の緩和
  • 罰則の強化
  • 債務者以外の第三者からの情報提供

申立て要件の緩和

強制執行手続の一部である財産開示手続を申し立てるためには、債権者が強制執行の要件を備えている必要があります。強制執行の基本的な要件は、執行力のある(執行文の付与された)債務名義を備えていることです。

しかし、上でも触れたように、これまでの財産開示手続は、確定判決などの一部の債務名義を取得している場合にしか利用することができず、(債権の早期回収を目的に)民事訴訟よりも簡易な方法で債務名義を取得した場合(支払督促・公正証書など)には、財産開示手続を利用することができませんでした。

今回の改正では、債務名義の種類を問わず(民事執行法22条各号が規定する債務名義のすべてで)財産開示手続を利用できるようになりました。

後にも触れますが、この点は「債権の早期回収を図る」という点では大きな意義があるといえます。

罰則の強化

これまでの財産開示手続では、債務者が不誠実な対応をした(財産開示手続期日の出頭拒否、宣誓拒否、陳述拒否、虚偽陳述)場合には、「30万円以下の過料」に処されるのみでした。

過料というのは、法律上は「行政罰(秩序罰)」に過ぎません。そのため、上でも触れたように債務者としては「過料の金額」と「債務の金額」とを天秤にかけた上で、自己に有利な方を選択すれば良いと考える余地を与えてしまう点で、罰則(制度の適切な実施を担保尾するための措置)として十分なものとはいえませんでした。

そこで、改正法では、債務者が財産開示手続において不誠実な対応をした場合の罰則を「6ヶ月以内の懲役または50万円以下の罰金」と改めることになりました。

懲役刑となれば、いうまでもなく刑務所に収監されることになりますし、罰金刑は過料とは異なり刑事罰であり、いわゆる「前科」にもなってしまいますから、上限額が30万円から50万円に引き上げられた以上のインパクトがあります。

特に、債務者が事業者であった場合には、罰金刑によって営業免許や資格が停止されることもありますので、「いい加減な対応はできない」というプレシャーもかなり大きくなるといえます。

債務者以外の第三者からの情報提供

これまでの財産開示手続は、債務者本人からの情報提供のみによって財産を開示させるという点でも大きな限界がありました。また、改正法によって罰則が強化された今の財産開示手続においても「債務者自身が差押えよりも刑罰を選択した」という場合には、債務者本人からだけの情報提供では、財産についての正確な情報が得られないおそれもあります。

そこで、今次改正法においては、差押えの対象として特に重要な財産となる不動産、給料(給与債権)、預貯金(債権)について第三者から情報を取得できる制度が新設されました。

財産の種類情報の請求先財産開示手続の前置
不動産登記所(法務局)必要
給料市区町村・年金機構・共済組合など必要
預貯金・証券銀行・証券保管振替機関(国内の本支店)不要

これらの制度の概要は上にまとめたとおりですが、債務者の財産について第三者から情報提供を受けようとする際には、次の2つの点に注意しておく必要があります。

  • 給与の情報を得られるのは、養育費、生命・身体損害による損害賠償請求権を有する者のみ
  • 預貯金や証券の情報開示は、財産開示手続を先行させる必要がない

給与についての情報は、債務者の生活を保障する上でも特に秘匿性の高いものといえることから、「緊急性の高い請求権」に限り認めるのが相当とされたものです。

預貯金・証券は簡単に処分できる財産であるため、迅速かつ密航的(債務者に知られず)に情報提供がなされなければ、その後の差押えが困難になる可能性が高いといえます。そのため、他の情報とは異なり財産開示手続の申し立てを先行させずに提供をうけられるようにしたものです(銀行などに情報提供を求める裁判所の決定も債務者には送達されません)。

財産開示手続の申立て方法など

財産開示手続は、「債務者の普通裁判籍の所在地(現在の住所地)を管轄する地方裁判所のみ」に申し立てることができます。ケースによっては、確定判決や公正証書といった債務名義の取得後に債務者が転居してしまったということがありえますが、その場合には、住民票や戸籍の附票などによって、債務名義記載の住所地から現在の住所地までのつながりを明らかにする必要があります。

※なお、財産開示手続は、「債務者の住所が不明」という場合には申し立てることができません。しかし、この場合であっても、債権者には債務者の戸籍や住民票を請求する権利が認められていますので、債務者の現住所を追跡することが不可能なわけではありません。

財産開示手続の申立てには、2000円の手数料(収入印紙)のほか、手続に必要となる郵便切手を納める必要があります(必要となる郵便切手の種類・枚数は裁判所ごとに異なります)。

申立てに必要となる書類については、裁判所のウェブサイトなどで様式を入手することができます。

財産開示手続を利用する方へ(東京地方裁判所ウェブサイト)

申立て後の流れ

財産開示手続および第三者への財産情報開示手続の流れは、下記のフロー図にまとめたとおりです。

上でも触れたように、財産開示手続は強制執行手続の準備手続といえるものですから、財産開示手続の申立ての前提として、強制執行を開始できる要件(執行文の付与された債務名義を取得していること)を具備している必要があります。

執行文というのは、簡単にいえば、債務名義に記された債権がいまだに履行されていないことを公証する文書のことで、債務名義を作成した機関(裁判所・公証役場)に申立てをすることで取得できます。

<財産開示手続きフロー>

財産開示手続フロー

強制執行の「不奏功」とは?

財産開示手続の要件としては、執行開始要件を備えていることのほかに、「強制執行がうまくいかなかった(うまくいかない可能性がある)」という事情が備わっている必要があります(実務では、強制執行の不奏功等と呼ぶのが一般的です)。

強制執行が不奏功であるとされる典型例は、実際に債務者の財産に対して強制執行を行ったが債権を満足させることができなかった(満額回収できなかった)場合を挙げることができます。

しかし、「債権者が既に知っている財産を差し押さえただけでは債権を満足させることができない」という事情を明らかにできる場合には、実際に強制執行を実施する必要はありません。

なお、強制執行を実施せずに財産開示手続を利用する場合には、それに先だって、債権者として必要な調査を実施する必要があります。実務において、調査が必要な事項および裁判所に提出する必要があるとされる書類は下の表にまとめたとおりです。

財産の種類調査すべき事項裁判所に提出する疎明資料
不動産・居住地・本店などの所在地等の不動産を調査したが、債務者が不動産を所有していないこと ・不動産を所有しているが無剰余であること該当する所有者が見当たらない旨の記載がある登記事項証明書申請書、不動産評価書、公課証明書など
債権・営業内容から通常予想される債権について調査したが完全な弁済を得られる債権が存在しなかったこと ・勤務先を調査したが不明だったこと、また判明した勤務先からの給料のみでは完全な弁済を得られないこと債権差押え命令の正本、陳述書・報告書(任意書式)など
動産・債務者が所有する動産に価値がない(価値が不明である)こと動産執行不能調書の正本、調査結果報告書(任意書式)

新しい財産開示手続の概要:まとめ

財産開示手続の使い勝手が改善されたことは、強制執行の確実性を高めるだけでなく、強制執行以外の方法による債権回収の可能性を高くする点でも大きな意義があるといえます。

たとえば、離婚の際に当事者間で養育費の支払いについて合意があるときには、それを執行認諾文言付きの公正証書(いわゆる執行証書)にしておくことは特に有効といえます。離婚後は、今後の生活について予測外のことが起きやすいだけでなく、当事者間の関係が希薄になっていく場合も多いことから、不払いのトラブルが起きやすい問題といえるからです。

養育費や私人間のお金の貸し借りといった一般の人同士の金銭関係は、当事者相互の信頼関係がベースになっていることが多いといえます。そのため、「法的な制度を利用する」ことに抵抗を感じる人も少なくないかもしれません。しかし、これらの制度を上手に利用することは、「お互いが安心してこれからも気持ちよく付き合っていける」環境を整えてくれる役割も担っていると考えることもできるでしょう。

関連記事

ページ上部へ戻る