自分の弁護士に損害賠償を請求できる場合~弁護過誤の典型例6つ
- 2020/7/30
- 法令コラム
専門家である弁護士も人間である以上、業務を行う上で何かしらのミスをすることがあります。たとえば、弁護士の落ち度が原因で、本来すべきであった主張・立証活動を行わなかったことが原因で訴訟に負けた場合などには、弁護士費用を返金してもらえるだけでなく、弁護士の落ち度が原因で生じた経済的な損失を賠償してもらえる可能性があります。
今回は、このような弁護過誤の具体例や、弁護過誤にあわないために注意すべきポイントなどについて解説していきます。
弁護過誤とは?
弁護過誤とは、弁護士が業務において弁護士としての注意義務を怠ったために依頼人や第三者に損害を生じさせてしまった場合のことをいいます。医療の現場でも、患者の取り違えや、投薬指示のミスといった医療過誤(医療ミス・医療事故)が起きることがありますが、その弁護士業務版とイメージするとわかりやすいでしょう。
弁護過誤は増加しつつある?
近年では、特に弁護過誤が意識されるケースが増えているといわれています。
たとえば、日本弁護士連合会が公表している統計資料では、弁護士業務についての苦情申立件数は増加傾向にあります。
弁護士業務についての苦情申立件数
また、弁護士への懲戒申立ての件数も平成に入った当初は年500件前後だったものが、近年では年2000~3000件程度で推移しています。
苦情や懲戒のすべてが弁護過誤に該当するというわけではありませんが、労働災害の文脈でいわれるハインリッヒの法則(1:29:300の法則)などの例にならえば、苦情や懲戒の件数が増えているということは、弁護過誤の件数も同様に増えていると考えるのが自然といえるでしょう。
2019年懲戒請求事案集計報告(日本弁護士連合会ウェブサイト)
弁護士へのクレームが増えているのはなぜか?
弁護士業務へのクレームが増加している要因としては、司法制度改革によって弁護士の増加がその要因として語られることが少なくありません。つまり、「数が増えたことで弁護士の質が低下した」というわけです。
たしかに、司法試験に合格するためのハードルが下がれば、それまでよりも能力の劣る者が弁護士資格を取得してしまう可能性も高くなるといえます。また、他国の例をみても、アメリカやドイツなどでも弁護士数が増加するにつれて弁護過誤の案件も増加していますし、アメリカでは「弁護過誤を専門に取り扱う弁護士」も存在するほどです。
しかし、弁護士に対するクレーム増加の原因は、必ずしも人数増による質の低下だけとはいえないでしょう。
たとえば、ITの普及などによって市民がさまざまな情報(類似ケースの体験談・裁判例など)やセカンド・オピニオンにアクセスしやすくなったことは、依頼人自身の手によって弁護士の業務を再点検することを容易にしたといえます。医療過誤などでも同様のことがいえますが、専門情報が社会一般に普及していくことは、その過誤に気づく機会を提供することでもあるわけです。
また、社会が多様化していけば、依頼人自身の弁護士ニーズも多様化していきますので、ミスマッチを理由に依頼人が弁護士(業務結果・業務プロセス)に不満を感じる可能性も高くなっていくといえます。
弁護過誤の法的性質
冒頭でも説明したように、弁護過誤とは、弁護士業務に過失があったことによって。依頼人から受任した業務を十分に遂行できなかった場合や、依頼人や第三者に損害を生じさせてしまった場合のことをいいます。したがって、弁護過誤があった場合には、損害を受けた被害者は、その業務を行った弁護士に対し、不法行為(民法709条)もしくは債務不履行(民法415条)に基づいて損害賠償を請求できることになります。
弁護過誤が認められたときに賠償の対象となるのは主として次のようなものです。
- 弁護士費用:原則として全額
- 弁護過誤による経済的損失:弁護士の過失割合に応じた金額を請求可能
- 慰謝料:依頼人の「期待」を奪ったことの精神的苦痛の填補
委任契約における受任者の責任
依頼人が弁護士に対して不満を感じる典型例は、訴訟に負けてしまった場合などのように「依頼業務が失敗に終わった場合」です。しかし、「敗訴した」というだけでは、弁護過誤とはなりません。なぜなら、訴訟代理などの弁護士業務のほとんどは、弁護士と依頼人との間の「委任契約」によるものだからです。
委任契約とは、わかりやすくいえば、他人(受任者)に「ある業務を代わりにやってもらう」ことを内容とする契約です。したがって、弁護士に訴訟代理人となってもらう委任契約は、あくまでも「代理人として訴訟行為を行ってもらう」ことを内容とする契約であり、「勝訴する」ことを内容(確約)とする契約ではないのです。委任契約は、この点で契約不適合責任(瑕疵担保責任)によって業務の結果(成果物の品質)について責任を負う請負契約と大きく異なります。
したがって、弁護過誤があるというためには、依頼された業務を行うプロセス(業務の行い方など)について弁護士に過失があり、それによって「依頼業務が十分に遂行されなかった」という状況が生じている必要があります。
弁護士が業務を遂行するときの注意義務
法律の議論において、過失は「行為者(弁護士)に注意義務違反」があった場合に認められるものと考えられています。
委任契約を受任した者(弁護士)には、業務の遂行にあたって委任契約に基づく「善管注意義務(民法644条)」が課されます。善管注意義務というのは、「善良なる管理者の注意義務」を省略した法律用語ですが、わかりやすくいえば、受任者には「受任した業務を行う際には、自分のために業務を行うのと同程度の注意」をはらって業務をおこなう必要があるということです。
しかし、弁護士との委任契約は、「専門家(業務を独占する国家資格者)に業務を委任する」という点で、一般の人同士の委任契約とはその重さが違います。つまりは、弁護士が負うべき注意義務の程度は、一般人が負う注意義務の程度よりも重い(弁護士には専門家としての注意義務が課されている)と考えられています。
弁護過誤の具体例
「弁護士が業務を遂行する際の注意義務違反」である弁護過誤の典型的なケースとしては次のような場合を挙げることができます。
法令の誤認
弁護士は法律の専門家(法律事務の独占資格者)として「法令及び法律義務に精通していなければならない」とされています(弁護士法2条)。したがって、弁護士が法令を間違えて理解していたという場合には、当然に弁護過誤が成立するといえます。
法律の専門家が法令を勘違いするということはあまり想定したくないことですが、実際にはそういうケースがないわけではありません。実務にも、未払い賃金の立替払い請求(賃金の支払の確保などに関する法律に基づく国の制度の申請)を受任した弁護士が倒産認定の申請期限(退職の翌日から6ヶ月)と立替金払いの請求期限(倒産認定の翌日から2年)とを混同してしまったことで倒産認定の申請期限を徒過してしまうケースがしばしば見受けられます。
守秘義務違反
弁護士には職務上知り得た秘密についての守秘義務があります(弁護士法23条)。この職務上知り得た秘密は、依頼人から打ち明けられた秘密は当然のこと、事件の受任にいたらなかった法律相談などで打ち明けられた秘密も含まれます。また、当該業務が終了したからといって守秘義務が解除されるわけではなく、弁護士の守秘義務が解除されるのは、次の事情が認められる場合に限られると解されています。
- 法律上の証言義務が生じる場合(民事訴訟法・刑事訴訟法の規定に基づく場合)
- 依頼人(秘密を打ち明けた本人)の承諾がある場合
- 弁護士の自己防衛(犯罪の嫌疑をかけられた場合など)の必要がある場合(必要な範囲に限り解除)
- 公共の利益のために必要がある場合(他人の生命・身体への危害を防止する必要がある場合など)
弁護士が正当な理由もなく職務上知り得た秘密を他人に漏らした場合には、民事上の損害賠償責任を負うだけでなく、刑事責任も負うことになります(刑法134条)。
利益相反行為
弁護士には、依頼人と利害が対立する事情があるときには、その事件の受任を回避する義務があります(利益相反行為の禁止:弁護士法25条)。
利益相反の典型例は、事件を受任した依頼人の相手方からも事件を受任する双方代理のケースですが、利益相反の対象は、受任事件だけでなく相談業務や公益業務、弁護士が所属している事務所が法人の場合には同一事務所に所属する(所属していた)弁護士の業務にも及ぶ問題なので、利益相反に気づかないまま受任してしまうケースは、実は珍しいことではありません(利益相反は弁護士懲戒の典型事由のひとつです)。
ただし、利益相反行為があったとしても依頼人に損害が発生していない場合には、弁護過誤に基づく損害賠償は認められません(利益相反行為があれば、懲戒事由には該当しますので損害の有無を問わず弁護士会によって処分される可能性はあります)。
・利益相反行為には該当するが損害が発生していないとされた事例
弁護士職務基本規定違反(弁護士倫理違反)
弁護士は業務を行うときには、弁護士会が定めている業務上のルール(弁護士職務基本規定)を遵守する必要があり、これに違反した場合にも弁護過誤があると考えられます。
・弁護士職務基本規定(日本弁護士連合会ウェブサイト)
業務の懈怠
業務を受任した弁護士は、速やかに業務に着手し、遅滞なく処理する義務があります(弁護士職務基本規定35条)。したがって、着手金の不払いなどの正当な理由がないのにもかかわらず、受任した業務の放置や対応の遅れが原因で、依頼人に不利益が生じたときには弁護士には損害賠償義務が発生すると考えられます。
たとえば、破産申立てなどの債務整理事件を受任しておきながら、裁判所に申し立てを行わずに数年も放置されてしまう案件や、上訴期間や時効期間を徒過してしまうケースなどは弁護過誤の典型例といえます。
ところで、消滅時効を徒過してしまったというケースでは、そもそも依頼人が主張する請求権の存在や消滅時効それ自体の完成していることに争いがあるというケースも少なくありません。特に、請求権を基礎づける事実の存在があやふやであるケースでは、主張の可否について依頼人と弁護士の間で認識が異なる場合も多く、依頼業務の不満足終了をきっかけに弁護過誤の有無という依頼人と弁護士間のトラブルにすりかわってしまうケースも少なくないといえます。
説明義務違反
弁護士には、依頼人からの業務を受任するにあたっては、事前に十分な説明を行い、業務受任後は、必要に応じて適宜報告する義務があります(弁護士職務基本規定29条・36条・44条)。
委任契約締結の段階において最もトラブルになりやすいのは、弁護士報酬についての説明不足ですが、報酬についての説明が不十分である場合には、その後も業務遂行にも問題があるケースが多い傾向にあるので特に注意が必要でしょう。
たとえば、先日巨額の負債を抱えて倒産した某弁護士法人が受任していた事件には、弁護士報酬について不適切な説明がなされていたケースが少なくなかっただけでなく、その後の業務処理についても疑義のある(債務整理業務の過誤が疑われる)ケースが多くあったようです。
また、弁護士は、受任時・業務の遂行中だけでなく、業務の終了時にも依頼人に対して、業務結果(判決内容)の評価や今後の対応について十分な見通しを得られるだけの説明義務があります。
平均レベルと比べて著しく劣る業務遂行
専門家である弁護士に業務委託がなされた場合には、その業務遂行については「弁護士に一定の裁量権」が認められると考えられます。業務遂行におけるあらゆる点について、逐一依頼人の承諾を得なければならないとすれば、委任契約の意義も専門家に委任することの意義も薄れてしまい、依頼人にとっても利益にならないと考えられるからです。
したがって、たとえば、依頼業務を処理する方法として、A・B・Cの方法があるという場合に、弁護士が依頼人の希望しない方法を選択したというだけで直ちに弁護過誤が成立するとはいえません。
しかし、弁護士が実際に行った業務(専門家としての選択)が「平均的な弁護士と比べて明らかに劣る」という場合には、弁護過誤となりうる余地があります。
弁護過誤にあわないためのポイント
弁護過誤は、弁護士の過失によって生じるものですが、依頼人に努力などによって発生を予防することも可能です。以下では、弁護過誤の発生を予防するために依頼人が意識すべきポイントについて確認していきましょう。
依頼業務についての最低限の知識は依頼人自身も身につける ~任せきりにしない
一般の人にとって弁護士に業務を依頼する場面は、依頼人自身の今後の人生・生活にとって重要な場面であることが多いでしょう。また、弁護士に業務を依頼した場合であっても、事案処理についての最終的な決断は依頼人自身が行わなければなりません。
その意味では、自分で正しい判断をするためにも、依頼人自身も依頼業務について最低限度(弁護士の説明を正しく理解できるだけ)の法律知識を身につけておく必要があるといえます。
弁護士には、依頼人が正しい判断をできるだけの十分な説明をする義務がありますが、実際の弁護過誤の多くは「説明が不十分である」ことが背景となっている場合が多く、説明がないことに気づくためには、依頼人自身も最低限度の知識を得ておく必要があります。
「わからないこと」は必ず質問する
法律に関する問題は、一般の人にとっては難しく弁護士が十分な説明をしたとしても、すぐに理解できない場合も珍しくないといえます。このような場合にわからないことをそのままにしておくべきではありません。
専門家に業務を依頼したにもかかわらず「何度も説明を求める」ことに気が引けてしまうという人も多いかもしれませんが、その遠慮が原因で、後にトラブルになってしまえば、依頼人・弁護士の双方にとって不幸な結果となってしまいます。
また、依頼人が事案について十分な理解ができていないという場合には、適切に事案を処理するために必要十分な情報が弁護士に提供されていないことも少なくないということにも注意しておく必要があるでしょう。
弁護過誤の典型例6つ:まとめ
弁護過誤を生じさせないために一番大切なことは、「共に事案と向き合える信頼できる弁護士」を慎重に選ぶことといえます。
弁護士との信頼関係を適切に築くことができれば、弁護過誤の原因となる説明や情報提供をめぐる問題の多くは解消できるといえるからです。
近年では、ウェブの普及に伴って弁護士にアクセスすることのハードルはかなり下がったといえます。しかしながら、弁護士へのアクセスが容易になった分だけ「安易に弁護士を選んでしまう」リスクも高まっているといえます。
特に、最近では、弁護士と直接対面する前に業務を依頼してしまうケースも増えていると思われます。たしかに、コロナ禍の影響などをふまえると、依頼人が事務所に直接出向くということにはリスクもあるのですが、ウェブを用いた面談などの方法もないわけではありません。弁護士に業務を依頼する際には、必ず弁護士本人と直接のコミュニケーションを十分にとった上で、慎重に判断することが大切です。