どこまで違法?従業員の「引き抜き」

「引き抜き」という言葉、様々な意味でよく耳にすることが多いと思います。

企業活動においては、他の企業に所属している従業員や役員を自社に所属させる行為を言います。

一方そのイメージや社会的な影響は具体的な事例によっていい意味にも悪い意味にも捉えられます。
例えば、引き抜きを他企業からされる、いわゆる「ヘッドハンティング」の場合には、勤めていた会社の企業秘密を持ち出す等の悪質な行為をしなければ、トラブルに発展することは多くありません。これは、引き抜きをされた本人には転職の自由が憲法上尊重されているためです。

今回は、引き抜き行為をする側について、問題がないか、どういった点に気をつければいいか競業避止義務にも関連して説明していきます。

引き抜き行為によってどうなるか

引き抜き行為が、社会的相当性を大きく逸脱し、会社に多大な不利益をもたらすものと認めらたならば、不法行為の成立が考えられます。

不法行為として認められれば、会社は損害賠償を請求することもできます。例えば、在職中から競業会社と接触・計画し、大勢の部下や同僚を一斉に引き抜き、会社に多大な不利益を負わせた場合などです。また、就業規則や当事者間の合意により引き抜き行為を明確に禁じていれば、債務不履行責任が発生し、損害賠償を請求することができるでしょう。

引き抜き行為については、有名な裁判例があります。
リアルゲート事件(東京地判平19.4.27)といわれるものです。会社の代表取締役と役員らが新会社を設立し、10人の従業員を引き抜きしたという事案です。判決では、代表取締役は忠実義務に反し、役員らの従業員に対する移籍の働きかけや顧客への契約打診は、共同不法行為にあたるとして損害賠償請求を認めました。

では、引き抜き行為の制限や、退職してから会社と同様の事業を行わないように、会社は役員や従業員に対して義務付けることができるでしょうか。ここで競業避止義務が問題となってきます。

競業避止義務との関係

競業避止義務とは、競業行為、つまり会社の事業に類する行為をしないよう義務付けることです。会社に勤めると、当事者間の合意や、就業規則により競業避止義務を負うことになる場合が多いのではないでしょうか。労働契約の原則として「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、義務を履行しなければならない。」(労働契約法3条4項)と規定されています。

この規定を解釈すると、従業員には、使用者の利益に著しく反するような行為を差し控える義務があるといえます。したがって、従業員は、会社との合意や就業規則に競業避止義務が明記されていなくても、信義則上の義務として会社に不利益を及ぼすような行為について禁止されているといえるでしょう。

退職後においてはその企業の「労働者」ではなくなっている以上、労働契約の信義則上の義務は課せられないため、競業避止義務について従業員の同意や合意が成立していなければ、義務を課すことはできないといえそうです。

どのような行為が「競業避止義務違反」といえるでしょうか。その判断基準もあわせて問題となります。

競業避止義務違反の基準とは

憲法22条1項により、国民には職業選択の自由及び営業の自由が保障されています。そのため、転職するのも、事業を始めて営業することも原則として自由です。

憲法は民間企業と従業員の法律関係に適用されないと言われていますが、競業避止義務に関する法的判断において、憲法上の人権保障の趣旨が及ぶと考えられます(「憲法の私人間適用」の問題として有名です)。

また、会社法においては従業員の競業避止義務の他に取締役の競業取引規制が設けられています。取締役が「自己または第三者のため」に行う、会社の事業の部類に属する取引を行う場合です。この場合は、直接的な「引き抜き」と異なり、「会社の事業の部類に属する取引」、つまり普段の業務にかかわる行為が規制の対象になっています。

この規制の趣旨は、取締役は会社の事業に深く関与し、ノウハウや顧客リストのような企業秘密にもアクセスし得る立場にあることが多く、取締役が職務上知りえた情報を自己の個人事業等に利用して利益を追求すれば、会社の犠牲のもとに取締役が利益を得る危険が生じます。
しかし、少なくとも会社法上においては、取締役であっても個人のとしての経済活動が全面的に禁止されているわけではありません。会社法は、取締役の競業取引について、事前に会社内部の承認手続を経ることを求める等して、会社の利益と取締役個人の利益の調整を図る仕組みを置いています。

競業避止義務の有効性を判断する基準として、経済産業省の『競業避止義務契約の有効性について』が参考になります。

①守るべき企業の利益があるか…企業秘密、顧客情報、ノウハウ等

②従業員の地位…企業が守るべき利益を保護するために競業避止義務を課すことが必要な従業員か

③地域的な限定があるか…業務の性質に照らし合理的な絞り込みがされているか

④競業避止義務の存続期間…従業員が受ける不利益を考慮したうえで期間が合理的であるか

⑤禁止される競業行為の範囲について必要な制限があるか…禁止行為の範囲について具体的か

⑥代償措置が講じられているか…競業避止義務を課すことへの対価があるか

この6つの判断基準により競業避止義務契約の有効性を判断することになります。

競業避止義務契約が有効に成立しているのにもかかわらず、この義務に違反すれば、違反行為の内容・程度、会社が被った損害の内容・程度に照らし、「懲戒解雇」を含めた「懲戒処分」や「損害賠償請求」を行うことができます。また、退職金の不支給や減額などの処罰も考えられます。

まとめ

引き抜き行為が競業避止義務違反に該当する場合があることがわかりました。競業避止義務は企業活動の中で重要視されるコンプライアンスや情報漏えいを未然に防ぐという意味でのガバナンスの強化にもつながることから、競業避止義務を従業員との間で明確に合意することは重要といえるでしょう。

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