日本学術会議って何?そして任命拒否はなぜ?
- 2020/11/30
- 法令コラム
日本学術会議の新会員について、同会議が推薦した105名の会員候補のうち、6名を首相が任命しなかったことに対して大きな注目が集まっています。任命権のある首相が、特定の学者を任命しなかったことについて、なぜこれほどの議論が巻き起こるのでしょうか。この記事では、日本学術会議とはどういった組織であるのかを明らかにしたうえで、首相の任命拒否の真意について探っていきます。
日本学術会議って何?
日本学術会議は、日本の科学者を代表する組織で、日本学術会議法を根拠とした、内閣府のひとつの機関です。昭和24年(1949年)に、内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う国の特別の機関として設立されました。
日本学術会議とは http://www.scj.go.jp/ja/scj/index.html
210人の会員は、特別国家公務員の地位を担います。会員の任期は、6年間であり、3年ごとに半数が入れ替わります。会員は、日本学術会議が、優れた研究や業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣総理大臣に推薦をします。この推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命をするのです。
任命拒否問題とは何?
任命拒否問題とは、日本学術会議が推薦した会員候補105名のうち6名を菅首相が任命拒否した経緯のことです。過去に任命拒否をした前例がなかったことから、政府が恣意的(しいてき)に、人事介入をしたとして、各方面から批判の声が上がりました。
任命されなかった6名の学者は、「安全保障関連法に反対する学者の会」の賛同者や特定秘密保護法を批判したといった、過去に政府に批判的な言動や行動を起こしてきた人達であるという共通点があります。このため、6名を任命しなかったのは、政府の意に沿わない人物を排除したのではないかとの声があがっているのです。
一方、菅首相は、任命拒否の理由について「明らかにしない」としています。
任命拒否の問題点とは何?
それでは、首相が任命拒否をしたことで、各方面から批判の声があがるのは、いったいどのような点を問題視しているからなのでしょうか。課題ごとに検証していきましょう。
日本学術会議法に違反する
日本学術会議法では、「日本学術会議は、わが国の科学者の内外に対する代表機関(2条)」であることを定めています。政府が諮問をして、学術会議は勧告できるという、お互いに独立し、かつ対等な立場というのが、会議法の立法主旨です。
このため、会員が病気になった際にも、「内閣総理大臣は、会員から病気その他やむを得ない事由による辞職の申出があったときは、日本学術会議の同意を得て、その辞職を承認することができる(同法25条)」としており、学術会議の同意がない限り、首相は辞めさせることができません。
さらに、会員に不適当な行為があったときですら、首相は、学術会議の申し出がないかぎり退職させることができないのです(同法26条)。
このため、「人事権は実質的に学術会議に委ねられており、首相の任命権は形式的なものにすぎない」「新会員候補6名の任命拒否は、人事の独立性を侵犯した法律に反する行為だ」と指摘する声もあります。
手続きに正当性はあるのか
日本学術会議の新会員任命拒否問題は、2020年11月の衆院予算委員会において、論戦が交わされています。
菅首相が、自らの正当性を主張するために、繰り返し使ったのが、「閉鎖的」と「既得権益」です。首相は会員枠が既得権益化しているとの認識を示したうえで、前例踏襲はやめるべきだと判断したと任命拒否の狙いを説明しました。
しかし、組織の在り方には冗舌だった首相も、手続きの正当性には、歯切れの悪い答弁が繰り返されました。まさに、任命拒否問題の焦点は、首相の任命拒否を巡る手続き的な正当性にあることが露呈した形となったのです。このため、日本学術会議法が規定する、首相の任命にまつわる権限の範囲について、様々な議論を呼び込む結果となりました。
憲法との整合性はあるか
政府関係者は、任命拒否を正当化する根拠として、憲法15条と65条を論拠にしていると述べています。
しかし、15条には「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と定められており、総理大臣の権限ではなく、国民の権限であることが示されているにすぎません。
また65条は「行政権は、内閣に属する」と規定されています。これが統括であれば、ある一定の縛りがあると解することができますが。単に「属する」(所轄)の場合、直接の指揮監督を受けないとするのが、一般的な解釈です。つまり65条を論拠とするには無理があると言わざるを得ないのです。
菅首相は、「多様性が大事だということを念頭に判断した」と繰り返し発言していますが、その一方で任命拒否をした理由についての説明は避けています。今後、国会の場を通じてはたして新たな説明があるのか、注目したいところです。
過去の首相答弁との矛盾
学術会議の任命権を巡っては、1983年に当時の中曽根康弘首相が「形式的にすぎない」と答弁しています。
これを裏付けるように、当時の政府は、日本学術会議の人事に関する文書を作製しています。この文書は当時の総務府(現・内閣府)が作成した「日本学術会議想定問答集」で、国立公文書館が所蔵する内閣法務局の「法律案審議6」に収録されています。
ここでは、「首相は学術会議にいかなる権限を有するか」の質問に対して「独理性の強い機関で、所轄という用語で示されているように、行政機関の配分としては首相の下に属するものである」としたうえで、「特に法律に規定するものを除き、首相は学術会議の職務に指揮監督権を持っていない」という回答例を示しています。
さらに指揮監督権が及ぶ人事の範囲の事例として、事務局職員に限定するとしているのです。
一方、菅首相は、2018年に作成した内部文書を根拠に「1983年から考え方は一貫している」として「推薦どおりに任命しなければならないわけではない」と、2020年11月の国会において答弁を繰り返しています。
こうした歴史的経緯をないがしろにしている点も、批判を浴びる要因になっています。
学術会議は国民の身近な存在なのか
の問題を分かりにくくしているひとつの要因として、日本学術会議の存在が、国民の意識から大きく乖離している点にあります。学術会議の欠員が、国民生活に具体的にどのような影響を及ぼすのかという理解を得られないことには、なかなか国民全体の議論にはなりません。
この点について、会員のひとりである高山佳奈子京都大学教授は、任命拒否問題が、日本学術会議法に違反しており、そのために定員割れが生じ実務に支障をきたしている点を指摘したうえで、日本学術会議の在り方について次のように語っています。
「学術会議が積極的に市民向けに情報発信をしてこなかったのは反省点です。私が留学したドイツでは、専門家が各個人で市民と対話をしていました。日本はその点がとても遅れていると思います。その中にあって、『こんなところに税金を使うのか』と疑問に思う国民がいるのは理解できます。学術会議に改善するべき点は多い。学問の自律性は非常に重要ですが、同時に透明性も社会に求められるはずです」
高山教授が指摘するように、現在の日本において、学者と一般市民がフランクに会話している姿が、想像しがたいのも事実です。今回の任命拒否の問題が国民の理解を得るためには、一定の学者達の努力も必要だといえます。
日本学術会議って何?:まとめ
日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信の下に設立された組織です。「科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること」を職務としています。
しかし残念ながら、なかなかその存在を知る国民は、ほとんどいなかったというのが実情です。今回、任命拒否といういわば、政治的な観点からの注目を浴びることになったのは皮肉な結果と言わざるを得ません。
学術会議が我々の日常にとってかけがえのないものであること、そのために政府から一定独立した組織であるべきであるという主張に対して国民的コンセンサスを得るためには、学術会議自身のさらなる努力が求められます。