この記事では、労働者健康福祉機構の虚偽報告問題を調査した第三者委員会について取り上げます。
問題の背景
本件は、独立行政法人労働者健康福祉機構が、雇用している障害者の数について虚偽の報告を行なっていた問題です。
本件における第三者委員会の役割と委員選定のポイント
本件の第三者委員会の役割と委員選定
本件の第三者委員会は、「虚偽報告に至った経緯や動機の調査」、「機構役職員の本件問題への関与有無に関する調査」、「再発防止策の提言」などの役割を担いました。
本件の第三者委員会は、同機構との利害関係を持たない下記4名の弁護士により構成されました。
- 委員長:手塚 一男(弁護士)
- 委員 :森岡 誠(弁護士)
- 委員 :飯田 研吾 (弁護士)
- 委員 :渡辺 惇(弁護士 元東京地方検察庁検事)
第三者委員会の活動スケジュール
では次に、本件問題が発覚してから第三者委員会の最終報告書が提出されるまでの経緯を確認しましょう。
本件事案は、2014年8月22日に同機構の総務部長が評価委員会というイベントに備えて資料に目を通していた時に起こりました。資料に目を通した総務部長は、評価委員会で障害者雇用率に関して質問されると考えて、部下に労働者健康福祉機構における障害者雇用状況について質問しました。その結果、なんと実際には法定雇用率を達成していないにも関わらず、達成しているという虚偽の報告を行なっていることが判明しました。この回答を受けて過去数年分の資料を調査した結果、数年にわたって実態と異なる障害者雇用率を報告していることが判明しました。
この事態を受けて同機構は、同年9月5日に川崎公共職業安定所に対して、2014年度分の虚偽報告について訂正報告を行いました。また同月29日には2010年度から2013年度分のデータについても訂正報告を行いました。
数年にわたって虚偽の情報を報告するという深刻な事態を受けて、労働者健康福祉機構は同年10月10日に第三者委員会を設置し、本件の詳細な調査を始めました。調査期間中には虚偽報告の疑いで刑事告発されるなど問題は深刻化していきましたが、12月17日には最終報告書を提出する運びとなりました。したがって第三者委員会の調査は、約2ヶ月に及んだわけです。 本件の経緯をまとめると以下のようになります。
- 2014年8月22日 障害者雇用率について虚偽報告を行なっていたことが発覚
- 2014年9月5日 2014年度分の虚偽報告について訂正報告を行う
- 2014年9月29日 2010年度〜2013年度分の虚偽報告の訂正報告を行う
- 2014年10月10日 第三者委員会を設置
- 2014年11月17日 虚偽報告の疑いで機構が刑事告発される
- 2014年12月17日 第三者委員会が最終報告書を提出
本件の調査のポイント
本件における調査のポイントは、調査範囲がとても幅広い点です。本件調査では、「資料調査」と「ヒアリング」が主に行われました。資料調査については、最も古いもので昭和33年度のものから調査しています。一方のヒアリングについても、平成16年度以降に本件問題に関与した可能性のある51名の者に行っています。
非常に幅広い範囲で調査を行うことで、問題の真相究明に近付こうとする第三者委員会の努力がうかがえます。
第三者委員会によって何がわかったのか
第三者委員会の調査により判明した事項
第三者委員会の調査では、虚偽報告の具体的な概要や関与者、行われていた時期などが発覚しました。
まず虚偽報告の概要についてですが、2014年度の障害者雇用率は報告では2.32%となっていましたが、実際には1.76%でした。これは法定雇用率の2.3%を下回っています。また過去にさかのぼると、実際の雇用率と報告書に記載した数値にはより大きな乖離があったとのことです。
次に虚偽報告の関与者ですが、決裁に関わった総務部長や総務部次長、人事課長、文書管理担当者など、ほとんどの関係者が虚偽報告を知りながら決裁を実行していました。
そして虚偽報告が行われていた時期については、電子データなどの記録に基づくと少なくとも2004年以降から行われていたとのことです。またデータこそ残っていないものの、ヒアリングによると遅くとも2000年の時点ではすでに虚偽報告が行われていたとのことです。
第三者委員会の調査とその影響で生じた費用
労働者健康福祉機構は上場企業ではないため、第三者委員会の調査で発生した費用や株価の変動を公表していません。
よって直接的に本件の影響を分析することはできないものの、公的機関の性質を持つ行政法人だっただけに、国民からの信用力は大きく低下したと考えられます。 同機構が信頼を回復するには、今後虚偽の報告を行わないことはもちろん、第三者委員会が指摘した組織的な要因にもしっかりと対処する必要があると考えられます。
格付けの評価
第三者委員会報告書格付け委員会は、本件の第三者委員会が提出した最終報告書を「調査スコープの的確性」や「事実認定の正確性」といった観点から格付け評価を行いました。
今回は9名がA(良い)〜F(悪い)までの5段階で評価を実施しましたが、B評価2名、C評価5名、D評価2名と、高評価を下した委員が若干名いたものの委員会全体としては低評価となりました。
委員によって評価が分かれたポイントは、最終報告書で述べられた組織の構造的な部分に関する指摘です。高評価を下した委員は、所管省との関係について触れた点や、機構内に組織防衛を優先する体質が根強くあるという指摘などを、高い評価を下した要因としています。
一方で低評価を下した委員は、組織防衛を優先する体質に不祥事の原因があるのは当たり前であり、それのみを指摘するだけでは不十分などと述べています。また、機構の上層部にいる厚労省からの出向者と虚偽報告の関係調査が不十分という意見もありました。
低評価を下した委員は厚労省との関係に踏み込む必要があったとする一方で、高評価を下した委員はそこまで踏み込むのは任務の対象外であるとの考えを持っていたため、格付け委員会の中でも激しい議論が行われたようです。
本件に限らず、第三者委員会がどこまで調査範囲を広げるべきかは、評価者によって異なるので難しい部分であるといえます。
根本的な原因
第三者委員会は、本件が生じた根本的な原因は「組織的な防衛反応」であるとしています。そもそも今回の虚偽報告は、ごく少数の者によって密かに行われていたわけではなく、組織内の周知の事実として行われていたそうです。
第三者委員会によるヒアリングによると、虚偽報告が継続して行われていた理由は、問題が発覚すると社会から厳しい非難を受けたり、歴代の理事長などに迷惑がかかるという考えがあったからだそうです。
つまり虚偽報告が発覚して組織の立場が危うくなるのを恐れて、ダメだと知りつつ虚偽の報告を続けていたとのことです。
まとめ
本件問題に限らず、公的機関や大手企業の不祥事の根本的な原因は「組織的な防衛反応」であることが多いです。「会社(組織)が非難されたらどうしよう」とか「自分たちの立場が失われるのが怖い」といったリスクから、問題に対処しないまま放置した結果、大きな問題に発展するわけです。
こうした問題を調査する第三者委員会には、単純な原因究明だけでなく、組織的な構造にまで調査範囲を広げることが大切となります。
参考文献
第三者委員会報告書格付け委員会 第5回格付け結果を公表しました
http://www.rating-tpcr.net/result/#05
報告書(概要版)
https://www.johas.go.jp/Portals/0/data0/oshirase/pdf/houkokusyo_digest.pdf
報告書
https://www.johas.go.jp/Portals/0/data0/oshirase/pdf/houkokusyo_all.pdf