会社の財務状況を実際よりも良く見せる粉飾決算。中小企業や大企業といった会社の規模にかかわらず、この粉飾決算に手を染める経営者は少なくありません。しかし粉飾決算には厳しい罰則があります。また会社の信用が失墜し、経営に深刻なダメージを受けるというのもよく聞く話です。今回は東芝の不適切会計を取り上げながら、粉飾決算の仕組みと影響について説明します。
「粉飾決算」とはなにか?
粉飾決算とは会社の財務状況を「実際よりも良く見せる」ことです。たとえば本来は「1000万円の赤字」なのに、2000万円を水増しして「1000万円の黒字」に見せかけるといったケースが挙げられます。これは株主や銀行、取引先といった利害関係者(ステークホルダー)を欺く不正行為となり、会社法や金融商品取引法、刑法などの規定で処罰対象となっています。
それでも粉飾決算はなくなりません。日本公認会計士協会が発表した「上場会社等における会計不正の動向(2019年版)」によると、2019年3月期に公表された上場企業の不正会計59件のうち、45件は粉飾決算です。中小企業による粉飾決算や、まだ発覚していない上場企業の粉飾決算も含めれば、この数は数倍〜数十倍にも膨れ上がるでしょう。
多くの企業が粉飾決算を行うのにはいくつかの理由があります。たとえば中小企業を中心に、多くの会社に共通する動機が「資金繰り対策」です。一般に融資を受ける場合、銀行はその会社の財務状況や経営状態をチェックします。このため少しでも有利な融資を受けるため、あるいは融資を継続してもらうために粉飾決算を行うのです。また会社の経営状態は経営事項審査に大きく影響するため、公共工事を受注したい設会社が粉飾決算を行う場合もあります。上場企業なら、株主への配当を維持したり増額したりすることも動機のひとつです。
粉飾決算は不正な会計処理によって行われます。具体的な方法はいくつもありますが、大きく分けると「売上を過大計上する/架空計上する」か「費用を過小計上する」のどちらかです。とはいえどちらの場合も、貸借対照表やキャッシュ・フロー計算書などの財務諸表をチェックすれば比較的簡単に見破られてしまいます。
東芝の「不正会計」について
近年話題を集めた大型の粉飾決算事件に「東芝の不正会計問題」があります。これは「インフラ事業における工事進行基準」「映像事業の経費計上」「半導体事業の在庫評価」「パソコン事業の部品取引」の各分野で不正が行われ、1500億円以上が水増しされたものです。リーマンショックによる経営悪化と上層部からの圧力を背景に組織的ぐるみの不正が疑われたことから、当時の監査法人や、その後就任した監査法人も巻き込む事件になりました。
以下は事件の主な流れです。
- 発覚(2015年2月)…内部通報を受けて証券取引等監視委員会が実施した検査の結果、不正会計が発覚。
- 第三者委員会の設置(2015年5月)…弁護士・公認会計士からなる第三者委員会が設置され、調査を開始。
- 調査報告書の公開(2015年7月)…第三者委員会による報告書が公開。
なお第三者委員会が行った調査のポイントや調査の内容については、以下の記事にまとめられています。
「東芝の不適切会計問題における第三者委員会報告書の概要」 - 有価証券報告書の提出(2015年9月)…本来の提出期限から2か月以上超過して、有価証券報告書を提出。当初1200億円と見込まれていた2015年3月期の当期純利益が、378億円の当期純損失となる。
- 新日本監査法人への行政処分(2015年12月)…東芝の粉飾決算を見逃したとして、大手監査法人の「新日本監査法人」が金融庁から行政処分。
- 監査法人の交代(2016年1月)…東芝が新日本監査法人との契約を打ち切り、新しい監査法人として「PwCあらた監査法人」を起用。
- 米国で集団訴訟(2018年7月)…東芝の不正会計を受けて、米国の投資家グループが集団訴訟。
他にも日本国内では東芝に対する複数の損害賠償請求が起こされており、2018年2月の時点で訴額の合計は1740億円に上ります。
ちなみに「新日本監査法人」は、日本でも指折りの大手監査法人です。しかも同法人は東芝の監査を70人体制で行っていました。これほどの監査体制が敷かれていながら、不正会計見抜けなかった理由はなんでしょうか?
原因のひとつに挙げられるのが「慣れ」です。東芝が抱える各種事業はそれぞれ規模が大きく、ビジネスの仕組みも複雑です。このため監査法人の側でも、ある程度チームを固定して監査に取り組む必要がありました。そこに「慣れ」が生じ、東芝側の説明を無条件に受け入れてしまったのではないでしょうか。
また「監査」に対する企業の認識にも問題があります。利益を生み出さない監査を単なるコストセンターとみなす風潮が強い企業では、監査部門や監査法人に対する風当たりが厳しくなります。経営陣からのこうした圧力に監査法人が屈したことも、今回の問題の一端と考えられるでしょう。
いずれにしても、この事件で東芝が受けたダメージは深刻です。金融庁から73億円を超える課徴金の納付命令を受けたのに加え、会社全体の営業損益も前年比で約8,971億円減少しました。株価への影響も見過ごせません。第三者委員会の設置が決定した日(2015年5月8日)の終値は483円でしたが、最終報告書が公表された後は終値が369円まで下落しています(7月30日)。その後は経営状態・株価ともに持ち直しましたが、東芝ほどの体力のある企業でなければ「倒産」につながるダメージになっていても不思議はありませんでした。
粉飾決算が会社経営に与える影響
東芝の事例から明らかなように、粉飾決算は会社経営に深刻な影響を与えます。以下3点に分けて説明します。
刑事上の責任
粉飾決算には複数の法律が関連しています。以下はその代表的なものです。
- 会社法第963条(違法配当罪)
粉飾決算の結果として違法配当を行った場合、配当に関わった取締役には「5年以下の懲役」と「500万円以下の罰金」のどちらか、あるいは両方が科されます。 - 会社法第960条(特別背任罪)
粉飾決算が特定の取締役や第三者の利益のために行われ、結果として会社に損害を与えた場合、粉飾に関わった取締役には「10年以下の懲役」と「1000万円以下の罰金」のどちらか、あるいは両方が科されます。 - 金融商品取引法第197条(有価証券報告書虚偽記載罪)
有価証券報告書の重要な事項に虚偽の記載をして提出した場合、報告者は「10年以下の懲役」と「1000万円以下の罰金」のどちらか、あるいは両方が科されます。また法人にも7億円以下の罰金が科されます。 - 刑法第246条第2項(詐欺罪)
不正に作成された会計書類で銀行から融資を受けると、銀行に対する詐欺罪が成立することがあります。この場合は10年以下の懲役が科されます。
民事上の責任
民事上の責任とは、主に利害関係者への損害賠償責任です。具体的には以下のものがあります。
- 会社法第462条
違法な配当を行った場合、配当を受けた者と配当に関わった取締役は、会社に対して損害賠償の連帯責任を負います。 - 会社法第429条
計算書類等の重要事項に虚偽の記載をした場合、代表取締役は損害を受けた者に対して損害賠償責任を負います。
加えて、虚偽記載された有価証券報告書に基づいて(不正の事実を知らずに)有価証券を購入した第三者からの損害賠償請求や、(粉飾決算が原因で会社が倒産した場合には)債権者からの損害賠償請求を受ける可能性もあります。
社会的なペナルティ
社会的なペナルティとは、「会社の信用を失うこと」です。特に取引先や銀行からの信用を失えば、事業の継続自体が困難になります。また銀行から融資の一括返済を求められることや、上場企業であれば上場廃止になるのもペナルティといえるでしょう。
粉飾決算は企業にとって「一時的なメリット」をもたらすかもしれませんが、同時に、はるかに深刻なデメリットをもたらすものです。東芝のケースでは企業経営を揺るがすほどの事態には発展しませんでしたが、それでも社会的な信用や企業イメージは大きく傷つきました。日本やアメリカでは、いくつもの訴訟が現在も進行中です。どのような規模の企業であれ、粉飾決算は絶対に避けるべき「危険なテクニック」といえるでしょう。