破産手続では、官報による公告が行われます。官報公告では破産した人の氏名・住所などが公開されるため「破産したことを他人に知られてしまう」ことを不安に感じ破産に踏み切れないという人は少なくありません。
たしかに、官報公告がある以上は、他人に知られる可能性はゼロではありませんが、実際には官報から他人に知られるリスクは限りなくゼロに近いと考えることができます。
以下では、それらの根拠などについて解説していきます。
破産手続における官報公告
破産手続においては官報による公告が行われます。
官報とは、「政府が発行している広報誌」で、裁判所からの公告だけでなく、新しく公布された法令や官公庁からの告示事項などが掲載されているもので、原則として休日を除いた毎日発刊されています。
一般的な自己破産の場合であれば、官報公告がなされるのは、破産手続が開始された時点と、破産手続の終了(通常終了もしくは廃止)および免責許可決定が下された時点の2回です(実際の公告の例は下記のとおりです)。
公告の目的
破産手続による官報公告は、破産法10条を根拠とするもので、「官報に掲載する」という方法もこの規定によって定められています。
この法律の規定による公告は、官報に掲載してする。
2 公告は、掲載があった日の翌日に、その効力を生ずる。
3 この法律の規定により送達をしなければならない場合には、公告をもって、これに代えることができる。ただし、この法律の規定により公告及び送達をしなければならない場合は、この限りでない。
4 この法律の規定により裁判の公告がされたときは、一切の関係人に対して当該裁判の告知があったものとみなす。
5 前二項の規定は、この法律に特別の定めがある場合には、適用しない。
破産手続は、原則として破産者が負っているすべての負債を対象に手続が行われる必要があります。そのため、破産手続の利害関係者がかなりの多数になってしまうケースも多いといえます。
破産者からの申告によってすでに知れている債権者に対しては裁判所から直接通知することができますが、申告漏れがあった場合にも対応しなければなりません。そこで、官報に掲載することで「全国に告知したことにする」というのが官報公告というわけです。
したがって、官報公告はあくまでも「債権者が破産手続に関与するための機会」を迅速かつ経済的に保障するための仕組みであり、ある人が破産したことをいわば「見せしめ」のような形で広く知らしめることを目的としているわけではありません。
なお、裁判所で行われる債務整理の手続(すべての債権者を対象に行われる債務整理)である民事再生・個人再生・会社更生・特別清算の手続きにおいても、破産の場合と同様の目的で官報による公告が行われます。
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官報公告で他人に破産したことを知られるリスク
官報に破産したことが掲載されることは、たしかに他人に知られてしまうリスクであることは間違いありません。しかし、実際に官報公告がきっかけで破産したことを他人に知られる可能性はかなり低いといえます。その理由は次に解説するとおりです。
官報を確認している人は少ない
官報は破産者の利害関係人に告知するための手続ではありますが、それは「フィクションとしての告知」に過ぎません。もちろん、申告漏れとなっていた債権者が官報から破産手続を知るという可能性が全くないというわけではありませんが、官報公告は基本的には「ためにする手続」の一種といえます。
そもそも「官報を定期的に確認している」という人も多いとはいえないでしょう。官報それ自体はインターネットから簡単にアクセスできるものですが、裁判官や弁護士であっても、毎日確認しているという人はほとんどいませんから、そのほかの一般の人、企業がつぶさに確認している可能性はかなり低いといえます。
おそらく、世の中で最も真剣に官報情報を確認しているのは、ヤミ金などの違法業者です。悪質業者にとっては、他の金融機関から借り入れできなくなった人は格好の標的といえるからです。実際、自己破産・個人再生をすると悪質業者からのダイレクトメールなどが送付される機会が増えますので被害に遭わないように注意しましょう。
官報には他の公告も多数掲載されている
官報は、国から広く国民に告知すべきさまざま情報が掲載されている広報誌であり、破産の情報だけを告知するための冊子ではありません。また、裁判所からの公告事項も破産事件をはじめとした債務整理だけでなく、公示送達や失踪宣告、不在者財産管理人の選任、相続関係(相続財産管理人選任など)、除権といったさまざまなものがあります。しかも、全国の裁判所からの公告が一斉に掲載されることになるので、その中から「たまたま知り合いが破産していることに気づく」というのは、簡単なことではありません。
下記はある日の官報のあるページを加工したものですが、実際の官報はこのような裁判所からの公告が何ページにもわたって掲載されています。
無料でアクセスできるのは直近30日分だけ
官報は、全国の官報販売所で冊子を購入できるほか、インターネットでも確認することができます。インターネット版官報は無料で閲覧できるので、官報の閲覧の大部分はインターネット経由でなされているといえるでしょう。
しかし、無料でアクセスできる官報の情報は、直近30日分のみに限定されています。それ以前の官報記事を検索するためには、有料サービスに登録しなければなりません(この記事を作成している時点では月額2200円)。したがって、「過去の官報公告を知り合いに検索される」というリスクはかなり小さいといえます。
破産者情報サイトの開設による社会の反響
官報公告によって他人に破産を知られてしまうリスクは、いわゆる「破産者情報サイト」が開設されたことでも大きな話題となりました。
破産者情報サイトとは、官報で公告された情報をプログラムなどによって自動収集し、それらを一般公開できる形にまとめたウェブサイトのことです。破産者の情報をGoogleマップの地図情報と連動させた「破産者マップ」というウェブサイトが2019年3月に開設されたときには特に大きな話題となりました。
破産者情報サイトの閉鎖
破産者情報サイトは、自己破産を検討している人にとっては大きな脅威といえます。これらの破産者情報サイトは、官報よりもわかりやすく情報を提供している場合がほとんどで、官報公告に比べて、近所の人や友人・勤務先などに自分の破産を知られてしまう可能性はかなり高いといえるからです。
もっとも、官報情報がこのような形で破産手続を超えた形で二次利用されることは、制度としては想定外の出来事といえます。破産者情報サイトのさきがけである破産者マップの解説者は、メディアからの取材に対し破産者に対する支援が拡がるきっかけにする」ことがサイト開設の趣旨であると述べていますが、破産者マップへの社会の反応は必ずしもそのような方向であったとはいえないでしょう。
その後、債務整理業務に携わる弁護士・司法書士などによってサイト閉鎖にむけたさまざまな働きかけがなされましたが、官報で公に告示されている事項であることや、著作権上の問題がない(官報に記載された内容には著作権は生じないと解釈されています)ことなどを理由に交渉は難航していました。
また、これらのサイトに掲載された破産情報の消去をめぐって悪質な詐欺なども横行し二次被害が生じたことも大きな問題となったところです。
そこで、日本弁護士連合会は、2020年7月に破産手続などにおいて公告された情報の拡散を防止するための措置を講じるべきとする意見書を国に提出し、被害者弁護団などが結成される事態にまで発展しました。
公告された破産者情報を含む「本人が破産、民事再生その他の倒産事件に関する手続を行ったこと」に関する情報の拡散を防止する措置を求める意見書(日本弁護士会連合会ウェブサイト)
最終的には、国(個人情報保護委員会)が破産者情報サイトについて個人情報保護に反するとして、任意の閉鎖に応じていなかった事業者に対し2020年7月29日に停止命令を発令したことをきっかけに閉鎖に追い込まれることになりました。
破産者マップのようなサイトが今後開設される可能性
この記事を執筆している時点では、早期に任意閉鎖に踏み切った破産者マップをはじめとする破産情報サイトは運営を停止していますが、破産を考えている人にとっては、類似のサイトが再度開設されることに不安を感じている人も多いと思います。
しかし、類似のサイトが再度開設される可能性は現状では高くないと考えることができるでしょう。
まず、今回の騒動を受けてウェブ上の官報情報は、テキスト検索が不可能となるようにデータに修正が加えられました(官報情報は画像データとして保存されることになっています)。そのため、これまでの破産者情報サイトのように、テキストの自動検索によってデータを収集することは不可能となります。
また、仮に画像データから破産者情報のみを自動収集できる技術が開発・汎用化されたとしても、それをウェブで公開することのリスクも格段に高くなったといえます。 国が「破産者情報サイトは違法である」という見解を示したことで、今後同様のサイトを開設したサイトの運営者には損害賠償義務が生じる可能性がかなり高くなったと考えられるからです。
官報以外から破産を知られる可能性はあるか?
自己破産した情報は、官報以外にも記載される場合があります。しかし、これらの情報から知人・友人・勤務先などに破産の事実が知られる可能性はほとんどないといえます。
信用情報
金融機関からの借金のある人が自己破産した場合には、そのことが信用情報に登録されてしまいます。しかし、信用情報にアクセスすることができるのは、それぞれの信用情報機関に加盟している金融機関か債務者本人のみです。家族であっても、債務者が死亡した場合(相続開始後)でなければ、信用情報を照会することはできません。また、金融機関であっても、融資の際の審査などの正当な目的があるときのみ情報を照会することができます。
もっとも、破産の信用情報は一生登録され続けるわけではなく、保存期間が決まっています(原則5年で銀行などKSC(全国銀行個人信用情報センター)加盟の債権者を相手に破産した場合のみ10年)。
破産者名簿(戸籍・住民票)
自己破産のデメリットとして「自己破産すると戸籍・住民票が汚れる」といわれることがあるようですが、これは完全な間違いです。自己破産をしても戸籍・住民票に記載されることはありません。
このような誤解が多い理由は、本籍地の市区町村で「破産者でない身分証明書」を取得できることに関係していると思われます。この身分証明は、本籍地の市区町村で管理している「破産者名簿への登載の有無」によって判断されることになっています。
しかし、破産者名簿は公開を予定していないものですから、一般の人の目に触れることはありません。また、いまの行政実務では、破産した人のうち、免責不許可が確定した、免責不許可となる可能性が高い(免責の申立てをしていない、破産手続終了後も免責手続がはじまっていない)場合にかぎって破産者名簿への登載がなされることになっています。
実際の破産事件で免責を得られないというケースは、ごくごくわずかに過ぎませんし、免責手続の申立ては、破産の申立てと同時に行うのが一般的であることを考えれば、破産者名簿に登載されるケースそれ自体がほとんどないといってよいでしょう。
自己破産における官報公告:まとめ
借金が返せなくなったことは、どのような理由であれ、他人には知られたくないものです。官報で情報が公開されることは、破産を考える人にとって大きな不安であることは間違いないといえます。
とはいえ、実際に官報公告がきっかけとなり破産を他人に知られるケースは相手に悪意があるケースを除いては多くないといえます。むしろ、破産のデメリットをおそれて借金の解決が遅くなるほうが、借金問題を他人に知られてしまうリスクが高くなるといえるでしょう。いわゆる「借金バレ」の多くは、債権者からの取立てや、自転車操業のための借り入れ行為(在籍確認など)をきっかけとするものです。
また、最近のヤミ金はSNSを巧みに使う業者が増えていますので、周囲に言いふらされるリスクもかなり高いといえます。借金問題は早く対応するほど、低コスト・低リスクで解決できる可能性も高くなります。返済が苦しい借金を抱えている人は1日も早く弁護士・司法書士に相談してみるとよいでしょう。