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改正民法における定型約款の適用範囲 ~改正民法の重要ポイント2

改正民法の重要ポイント その2

約款による取引は、契約の相手方は必ずしもその約款のすべてについて正しく認知しているとはいえない点に大きなリスクがあります。

たとえば、業者から「小さな文字でごちゃごちゃ書かれた契約書」を提示されても、そのすべてを確認・理解してから契約(同意)するという人は実際にも少数派といえるからです。

2020年4月から施行されている改正民法では、これらの約款取引について新しいルールを設けています。約款による取引は、現代社会では不可避ともいえる方法ですから、企業の規模と問わず、正しい知識を習得しておく必要があるといえるでしょう。

定型約款について設けられた5つの規定

これまでの民法では、「約款」については全く規定がありませんでした。民法が制定された明治29年には約款による取引(不特定多数との定型取引)は想定されない仕組みだったからです。そのため、約款に関するルールは、特別法(消費者契約法など)の立法や「判例による基本原則の解釈」を中心に形成されてきました。しかし、判例への依存が強くなることは、法的安定性(社会全体への周知徹底)という点では課題が残ります。

そこで、今回の民法改正においては、約款取引が社会において必要不可欠となっていることを踏まえて、次の点について新たな規定を設けることになりました。

  1. 定型約款の定義(規定の適用範囲)
  2. みなし合意の要件(約款条項に相手方を拘束する法的根拠)
  3. みなし合意の適用除外
  4. 定型約款の表示義務
  5. 定型約款変更の要件

このうち1.については、下記の記事で解説を加えていますので、この記事では、2.~5.について解説していきます。

改正民法における定型約款の適用範囲 ~改正民法の重要ポイント1

定型約款による合意が有効とされるための要件(みなし合意)

契約は、「当事者同士の合意」によって、その内容が決められ成立するのが原則です。約款による取引は、必ずしもこの原則に適合していない点で、問題が残されているものです。

特に、契約の相手方(主として消費者)は、多くのケースで「契約条項のすべて」を理解・了承しているとはいえないので、「契約の中心(商品を買うということ)」への合意によって、付随事項(中心部分以外の契約条項)についても合意があったといえるようにするための法的な条件について整備する必要があるといえます。

みなし合意が成立するための要件(民法548条の2第1項各号)

民法548条の2第1項

定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。

一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。

二 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。

改正民法は、定型取引の相手方が定型約款について合意しているとみなされるためには、次のいずれかの条件を満たす必要があると定めています。

定型取引についての合意

みなし合意が整理する要件の第一は、「相手方が約款による取引であることに合意している」場合で、古く大審院時代からの判例法理(大審院大正4年12月24日判決)に依拠する要件といえます。 「約款による取引であることの合意」については、次の2点が重要なポイントといえます。

つまりは、みなし合意の成立要件は、「かなり抽象的なものでよい」ということになります。約款条項への合意条件を厳格にすれば、そもそも約款取引を行う意味が削がれてしまうことになるからです。

だからといって「いい加減な約款を後から提示する」とは、後に解説する除外要件との関係で認められるわけではありませんので注意しておきましょう。

取引が約款によることの事前表示

みなし合意の成立要件の2つ目は、あらかじめ準備された約款条項が相手方に表示されていることです。

事前に約款が提示されている状況で取引それ自体に合意がなされたのであれば、当然に約款条項によって取引がなされることについても合意があったと考えられるべきだからです。

この要件については、「具体的にどのような表示の仕方をすればこの要件を満たすといえるのか」という点が問題となります。

立法担当者の解説によれば、「その事業者のウェブサイトに約款のページを設けていた」というだけでは、この要件を満たしているとはいえないとされています(筒井健夫・村松秀樹『一問一答民法(債権関係)改正』250頁)。

つまり、事前表示によってみなし合意を成立させるためには、「契約締結画面までの間に同一画面上で約款による取引がなされること認識できる状態に置く」必要があるというわけです。

また、対面での取引の場合には、約款による取引がなされる旨の立て札を立てておく、自動販売機などを介する場合には、販売機にその旨のシールなどを貼っておくという措置が必要になると考えられます。

また、上で解説した「約款によることの合意」の場合とは異なり、表示によるみなし合意では「相手方の意思」は確認できないので、表示によるみなし合意獲得の前提として、実際に適用される約款が策定され、相手方がそれにアクセスできる環境を整えておく必要もあるといえます。

特に、「類似の取引について複数の約款がある」というケースでは、「相手方が当該取引に適用できる約款を正しく認識(特定)できる状況にあったか」ということは、みなし合意成否を判断する上で重要な要素となると考えられます。

みなし合意が除外される場合(民法548条の2第2項)

民法548条の2第2項

前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。

以上のように、改正民法では、みなし合意については緩やかな条件での成立を認めることになりました。この要件を厳しくすれば、約款取引のメリットがほとんどなくなってしまうからです。

しかし、みなし合意の要件が緩やかになれば、その分だけ「不当な約款条項」などによって相手方が不測の損害を被るリスクが高くなります。そこで、設けられているのが「みなし合意の除外規定」です。

みなし合意が除外される2つの場合

改正民法では、次の2つの要件に該当する条項については、みなし合意の存在が否定される(契約上の効力が否定される)ことになります。

不当条項の典型例としては、「どのような事情があっても解約を認めない条項」、「解約の際に過重な違約金を求める条項」、不意打ち条項の典型例としては「付随サービスの強要する条項(商品購入後も(不必要な)メンテナンス費用が発生する条項)」を挙げることができます。

除外規定を理解する上でのポイント

みなし合意の除外に関する規定は「抽象的な要件」を述べているに過ぎません。したがって、実際の判断は、それぞれの契約類型ごとに総合的に判断されることになります。「○○円以上の負担」といった硬直的な要件を定めることは、逆に不適切な運用となるおそれの方が大きいといえるからです。

また、この規定を理解するときには、「除外規定の解釈は相手方に有利に判断される」のが原則であることを抑えておくことが重要といえます。

なぜなら、みなし合意の成立について、約款作成者に有利な仕組み(みなし合意が緩やかな要件で成立する仕組み)を改正民法が選択した以上は、不当・不意打ちの約款条項から抜け出せる仕組みも緩やかにしておくことが、解釈の在り方としても公平といえるからです。 なお、改正法施行前の判例としても、ホテル宿泊客からその価額を告げられずに預かった荷物(宝石)が盗難された案件について、「宿泊客がホテル側に荷物の種類・価額を告げなかった場合には、ホテル側からの損害賠償額を制限する特約」の適用を認めなかったものがあります。(最高裁平成15年2月28日判決

消費者契約法10条との関係

消費者契約法10条消費者契約法10条

消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

B to C取引における約款条項が不当条項に解する際には、消費者契約法(10条)も適用可能なケースもありえます。

この場合には、いずれかのみの規定が適用されるというわけでなく、契約の相手方たる消費者は、自己に有利な規定を主張することが可能です。

定型約款の「表示」義務(民法548条の3)

民法548条の3

定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りでない。

2 定型約款準備者が定型取引合意の前において前項の請求を拒んだときは、前条の規定は、適用しない。ただし、一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。

定型約款による取引のほとんどのケースでは、その相手方は実際に約款を確認することなく取引を行っているといえます。

また、みなし合意を成立させるために「必ずしも約款条項のすべて」を事前に開示する必要がないことは、すでに解説したとおりです。

とはいえ、実際に契約が締結される場面においては、相手方に対し「約款条項のすべてに適切にアクセスできる環境」を整えておくことは、約款作成者の当然の義務といえ、民法548条の3の規定は、そのことを定めた規定です。

具体的には、定型約款による契約の相手方には、「取引合意の前」または「取引合意後の相当期間内」に約款作成者(条文では約款準備者)に対して、定型約款の内容(具体的な約款条項)の開示を求める権利が認められています。

約款作成者が正当な理由なくこの開示請求に応じないときには、みなし合意の成立が否定されることになります。

開示方法について注意すべきこと

約款条項(内容)の開示は、約款取引を行おうとする(約款準備者)にとっては当然の義務といえます。

したがって、その開示方法については、「相手方の事情」に十分な配慮する必要があるといえます。

たとえば、相手方である消費者が「インターネットを閲覧できない状況」にあるような場合に、「自社ではウェブサイトでの公開しか対応していない」と回答するような対応は、開示義務を果たしたとはいえない可能性が高いことに注意しておく必要があるでしょう。

また、約款情報の開示に伴う費用を相手方に負担させるような約款条項を設けることも、その金額などによっては、不意打ち条項(不当条項)と評価される(みなし合意が否定される)おそれがあることにも注意しておく必要があります。

定型約款の変更が認められるための要件(民法548条の4)

民法548条の4

定型約款準備者は、次に掲げる場合には、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。

一 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。

二 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。

2 定型約款準備者は、前項の規定による定型約款の変更をするときは、その効力発生時期を定め、かつ、定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない。

3 第一項第二号の規定による定型約款の変更は、前項の効力発生時期が到来するまでに同項の規定による周知をしなければ、その効力を生じない。

4 第五百四十八条の二第二項の規定は、第一項の規定による定型約款の変更については、適用しない。

すでに締結された契約の変更は、その相手方との合意に基づいて行われるのが原則です。しかし、不特定多数の者と交わされることを予定する定型約款による取引でこの原則を適用すれば、約款の事後変更は事実上不可能ということになります。また、定型約款による取引は、「約款準備者が圧倒的に優位」といえる取引であることを考えれば、約款の事後変更を認めること自体が公平とはいえないと解することも可能です。

その他方、法律の改正・新法の制定・従来の判例変更といった定型約款準備者には責めのない事由によって約款を変更しなければならないというケースもあることから、改正民法においては、この両面に目配せしたルールが作られたといえます。

約款変更の要件の基本

改正民法は、次の2つの場合について、相手方の同意を得ずに約款条項の変更を許容しています。

相手方の利益に合致した変更の具体例

契約の相手方の利益になるような変更は、相手方の同意を得ていなくても可能です。このような変更であれば、「相手方の保護」を考慮する必要性も乏しいからです。

具体例としては、当初よりも料金を減額する際の変更や、オプションなどの無償サービスを拡充する変更を挙げることができます。

相手方の利益に合致しなくても変更が許容される場合

民法548条の4第1項2号は、「相手方の利益に合致するとはいえない約款の変更が認められる」ための要件を定めたものです。

文言が長く抽象的なのでかなりわかりづらいのですが、「当初の契約目的に反しない変更」であり、「変更の必要性・内容の相当性」が「約款において変更の可能性が明示されているかの事情などを踏まえて総合判断」した際に、合理的といえる場合に相手方の合意なしでの変更が認められるというものです。

つまり、「契約目的に反する変更」は、いかなる事情があっても認められないということになりますし、変更の必要性などの判断は、約款準備者の主観ではなく、新法制定・法令変更の有無といった客観的な事情をベースに判断されるということになります。

また、これらの要素を見てしていたとしても、契約の相手方がうける不利益や負担の程度・性質によっては、変更が認められないこともあると理解しておくべきでしょう。

約款条項を変更した場合の措置

2項3項の規定は、約款変更を行う際の手続規定に該当するものです。

まず、約款変更をする際には、変更後の約款の効力が生ずる始期(効力発生時期)をあらかじめ定める必要があります。

あわせて、定型約款を変更する旨、変更後の内容および効力発生時期を適切な方法で、契約の相手方に周知しなければなりません。

周知の方法としては、約款準備者が管理するウェブサイトでの発信が最も一般的な方法だろうと思われますが、取引の態様(顧客の数など)によっては、より積極的な周知活動(テレビCM、新聞・雑誌などでの広告)が求められるケースもあり得ると思われます。

なお、約款準備者が定めた効力発生時期までに十分な周知が行われないときには、変更の効力は生じないものとされています。

4項の規定(みなし合意除外規定の不適用)について

4項の規定は、みなし合意の除外規定を定めた548条の2第2項は、定型約款変更には適用されないことを定めたものですが、誤解される可能性の高い条文なので注意しておく必要があります。

文言だけをおいかければ、みなし合意の除外規定が適用されないということで、「変更という方法で不当・不意打ち条項を設けられる」と誤解される可能性がありますが、そのような不公平な結果を民法が認めるはずはありません。

むしろ、この条項は変更の要件は、みなし合意の場合よりも「より厳格に判断される」という趣旨に沿って、みなし合意が適用されないことを確認的に定めたものですから、正しい結論は誤解される方向とは正反対ということになります。

変更要件を「特約条項」によって緩和することは可能か

すでに解説したように、定型約款の(一方的な)変更は、契約の相手方に大きなリスクを背負わせる行為といえます。そのことを前提にすれば、改正民法の規定は、定型約款の成立よりもかなり厳しい条件の下で「例外的」に変更が許容される場合を明記したものに過ぎません。

したがって、契約の相手方との特約(条項)によって、「変更条件を緩和する」ことは、定型約款についての規定の趣旨を損なうものと考えられ、容認できるものとはいえません(548条の4は強行法規に近い規定であると理解すべきです)。

改正民法の重要ポイント:まとめ

さまざまな取引に約款が用いられている現状をふまえれば、民法の規定はどうしても抽象的にならざるを得ません。

そのため、中小企業などにおいては、民法の規定を正しく理解しないまま「自社の都合」で約款を定めてしまうケースが生じないとはいえません。

しかし、ここまで解説してきたように、約款取引は「約款準備者が圧倒的に有利」なものですから、民法の規定の解釈は原則として相手化に有利な方向で行われるのが筋といえます。

したがって、民法の規定やこれまでの判例法理などの理解が曖昧なままに約款を作成することは、会社にとって不要なリスクを抱えることと同じといえます。また、改正民法が施行されたことでこれまでの約款取引に対する判例にも変化が生じる可能性も高いといえますので、約款取引について不安なことがある際には、できるだけ早い段階で専門家のアドバイスをうけておいた方がよいといえるでしょう。

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