近年、企業においては、コンプライアンスが広く浸透してきました。しかし、コンプライアンスを重視すれば、本来、発生するはずのない従業員の過労死が、いまだに後を絶たないのは、どういった事情があるのでしょうか。
この記事では、過去の過労死にかかる裁判事例を示すとともに、企業法務が考えるべき遺族への適切な対応方法について解説をします。
居酒屋チェーン過労死裁判事例
居酒屋チェーンの従業員が長時間労働によって過労死した事件です。
事件の概要
居酒屋チェーンの新入社員だったAさん(当時24歳・男性)が、入社5カ月目に、就寝中に急性心不全を起こして過労死しました。Aさんの労働時間は、死亡前の1か月間では約245時間であり、恒常的な長時間労働となっていました。
裁判の結果
過労死を訴える遺族に対して、会社側は、同業他社の労使協定の一覧を裁判所に提出し、「外食産業界においては1カ月100時間の残業をすることは一般的である」と反論しました。 この裁判は、最終的に最高裁まで争われましたが、会社側の上告を退ける決定をし、約7,860万円の支払いを命じた一、二審判決が確定しました。
広告代理店過労自殺裁判事例
広告代理店に勤務する社員が、長時間にわたる残業を恒常的に強いられたために、うつ病を発症し、やがて自殺をした事件です。
事件の概要
大手広告代理店に勤めるBさん(当時24歳・男性)は、ラジオ関係部署に配属されましたが、当初から長時間にわたる残業を行うことが常態化しており、業務遂行のために徹夜まですることもある状況でした。
Bさんは、睡眠不足の結果、心身ともに疲労困憊した状態になったことが、誘因となって、うつ病に罹患しました。そして、出張を伴う業務を終えて午前6時頃帰宅した後、午前10時頃風呂場で縊死しているBさんが発見されました。
裁判の結果
会社側は、健康診断を受けさせており、亡くなる約1年前に行われた健康診断の結果は、採用前に行われたものと同様であったことをはじめ、会社近くのホテルと特約した宿泊施設を無料で随時利用できる状態にしていたことなどから、安全配慮義務を尽くしていたと主張しました。
裁判は、最高裁まで争われましたが、最終的には、企業が遺族に対し、1億6,800万円を支払うことで和解が成立しました。
リフォーム会社過労死裁判事例
リフォーム会社が従業員に対して、過酷な労働を強いたために、勤務中に心臓死に至った事件です。
事件の概要
Cさん(当時50歳・男性)は、建物のリフォームを行う会社で、工務部、業務課、資材業務課等で業務に従事していました。業務内容が多種多様であるため、突発的に入ってくる応援の要請に対応できるよう常に準備しておくことが求められていました。
Cさんは、ほぼ毎日現場に出向き、4~5か所を巡ることが通常であり、工事現場の清掃、廃材の引上げや高所に上って行う放水テスト、資材の搬入など多岐にわたった肉体労働業務を行っていました。
Cさんは、平日は平均3時間以上の時間外労働に従事し、休日でさえも、その半分は出勤していたほか、月に平均3.5日は深夜まで働き続けるといった、非常に多忙な状況でした。
やがて、帰宅して夕食を済ませた後、そのまま横になって寝入ってしまうことが増え、自分で運転していた自動車を保冷庫に追突させる事故を起こしました。さらにCさんは、帰宅後に頻繁に両足がつる症状が現れるなど、疲労の蓄積を思わせる状況が顕著になったのです。 このような状況の中、Cさんは、勤務中に発作を起こして急性心臓死をしました。
裁判の結果
地方裁判所の判決では、リフォーム工事会社の従業員の急性心臓死について、業務との間に相当の因果関係があることが認められるとともに、代表取締役の健康配慮義務違反と、会社の安全配慮義務違反による損害賠償責任が認められました。
その結果、遺族である妻に対して約1,980万円、子ども2人に各990万円の支払いが命じられました。
ドラックストア労死裁判事例
ドラックストアに勤めるや薬剤師が、過剰労働により死に至った事件です。
事件の概要
薬剤士資格を有するDさん(当時24歳・女性)は、人事異動によりX店で唯一の薬剤師になりました。Dさんは、店長代行が代わった頃から平日に休みを取得できなくなり、さらに残業が増えたために、体重が減少し、吹き出物が出るようになりました。
やがてDさんは、店長代理の地位に就き、さらに多忙な勤務をこなすことになりました。激務が続く中、Dさんは、午後9時35分にX店出て同僚2人と焼肉店に行き、その後恋人のアパートを訪れ、共にケーキを食べて酎ハイを飲み、ベッドで横になりました。 ところが翌朝、Dさんはうつ伏せの状態で倒れており、救急車が到着した時には、心肺停止、瞳孔散大・対光反応なしの状態でした。
裁判の結果
この事件は地方裁判所で争われました。Dさんは、死亡する前1ヶ月の期間において、時間外労働時間は約139時間にのぼり、通勤時間も考慮すると、必要な睡眠時間の確保ができない状況でした。
裁判所は、Dさんが従事した業務は、労働時間に照らして著しく過重であり、心室細動などの致死性不整脈を成因とする心臓突然死を含む心停止発症の原因となるものであるとして、会社側に対して、約4,100万円の支払いを命じました。
自動車メーカー過労死裁判事例
自動車メーカーの従業員が、休日を返上して勤務を続けた結果、死に至った事件です。
事件の概要
自動車製造工場の車体部で班長として働いていたEさん(当時30歳・男性)は、午後からの遅番に続く残業中に工場内の詰め所で倒れ、搬送先の病院で亡くなりました。
Eさんは、班長の立場で、QC活動(品質管理の向上活動)に関する資料作成を深夜早朝や土日を潰してサービス残業で当たっており、こうした過剰な労働が死の原因であり、過労死であるとして遺族が訴えました。
裁判の結果
会社側は、製品の製造に直接結びつかない行為は、業務ではなく、「自己研鑽」であるとして、業務であることを否定していましたが、裁判所では、業務であるとの判決が下されました。会社側は控訴を断念して、この判決が確定しました。
会社側は、判決後、時間外に行うQC活動の残業代について、月2時間と定めていた上限を撤廃して、全額支払う方針にしました。「自己研鑽」と位置づけてきたQC活動が、業務として認められたことになります。
企業法務が考えるべき遺族への対応
過労死に関わる裁判判例を踏まえて、企業法務が遺族とどのように接すればいいのかを考えていきましょう。
遺族の悲しみに向き合う
家族を亡くした遺族の悲しみはとても大きいものです。予期せぬ形で突然訪れた死は、とても受け入れられるものではありません。とりわけ亡くなった当人が、常日頃から過重な労働を強いられている状況であれば、遺族の悲しみは、雇用主への怒りに直結します。
この際に、企業法務がやるべきことは、遺族の悲しみに向き合うことです。遺族の怒りや不信感の矛先をあちこちの部署にたらいまわしにする状況になれば、遺族の怒りはさらにエスカレートします。
故人が企業に尽力してくれたことに敬意を表しつつ、遺族に対応する窓口を確立するとともに、具体的に対処する体制を構築する必要があります。
不要な争いは避けて軟着陸を目指す
過労死が発生した企業では、遺族が、企業に対して損害賠償請求をすることが少なくありません。
過労死が認定されれば、多額の慰謝料を支払うことになりますが、それ以上に大きな損失になるのが、「企業イメージ」です。裁判を争う中で、長時間労働やパワハラまがいの言動がクローズアップされると、「ブラック企業」というレッテルを貼られるリスクがあります。
「ブラック企業」として、広く認知されることになると、商品の売り上げが減少するばかりでなく、優秀な人材から敬遠されることにもなりかねません。遺族の怒りを根気よく解きほぐすとともに、状況に応じて必要な資料を開示する姿勢が望まれます。
改善すべき方向性を示す
遺族の無念さは、損害賠償金だけで解消されるものではありません。せめて、故人の無念に報いるためにも、二度と過労死を生み出さない企業体制の構築方針を示すことが重要です。
そのためには、過労死に至った分析と、それを解消するための方針の策定が必要になりますが、場当たり的な謝罪の言葉よりも、未来に向けたリセット方針を示すことの方が有意義な言葉として遺族に届くことがあります。
企業法務が考えるべき遺族への適切な対応方法:まとめ
働き方改革が叫ばれる今日においても、企業が社員に過重労働を強いる実態は、残念ながらなくなることはありません。
目先の利益を追い過ぎると、貴重な人材と企業の信用を失うというリスクを十分に認識したうえで、企業法務においては、今一度、勤務体系に問題点はないのか、点検を推し進めることが重要です。