2020年6月18日の日本経済新聞によると、中央省庁全体で55,000以上ある行政手続きを日本総合研究所が分析したところ、2019年3月末時点においてネット上で手続きを完結できるものはなんと7.5%にすぎないという。
また、行政手続のオンライン利用の原則化などを義務付けた「官民データ活用推進基本法」が施行されてから4年近く経過しているにもかかわらず、新型コロナウイルス対策として実施された「特別定額給付金」のオンライン申請で混乱が生じ、数多くの地方自治体が受け付けを停止たことは記憶に新しいところです。
世界規模のIT化・デジタル化に対応するために2001年に施行された「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)」を始めとして、政府はさまざまな法律や政策を講じてきたにもかかわらず、行政のオンライン化はなかなか進んでいません。
そこで、今回は我国の行政のオンライン化が計画通り進まない理由について詳しく説明します。
デジタル手続法
海外の先進諸国と比べ遅れをとっている行政のデジタル化推進のために、2019年12月に施行されたのが「デジタル手続法」です。
正式には「情報通信技術の活用による行政手続等に係る関係者の利便性の向上並びに行政運営の簡素化及び効率化を図るための行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律等の一部を改正する法律」という長い名称ですが、行政オンライン化の中心的な法律なので簡単に説明します。
デジタル手続法の骨子
利用者の利便性と業務の簡素化・効率化を目的として基本原則や重点項目などが定められています。
< デジタル化推進の基本原則 >
- デジタルファースト : 個々の手続き・サービスが一貫してデジタルで完結する
- ワンスオンリー : 一度提出した情報は、二度出すことを不要とする
- コネクテッド・ワンストップ : 民間サービスも含め、複数の手続き・サービスをワンストップで実現する
< デジタル化実現に必要な重点項目 >
- 行政手続のオンライン化実施を原則化(地方公共団体は努力義務)
- 本人確認や手数料納付もオンライン化(電子認証、電子納付)
- 添付書類の撤廃(戸籍電子証明書、電子署名などで代替)
- 情報システムの整備
- 高齢者などに対するデジタル技術の利用支援
- 行政手続に関連する民間手続きのデジタル化・ワンストップ化
この法律に関連して、住民基本台帳法、公的個人認証法、マイナンバー法なども改正され、企業にとっても個人にとってもよりシンプルで使いやすい行政手続のオンライン化を目指していたはずなのですが、冒頭でも触れたようにマイナンバーカードを使った定額給付金のオンライン申請ではデジタル化の遅れが露呈してしまいました。
行政オンライン化の課題
政府はデジタル化に向けたさまざまな法整備や政策を打ち出していますが、現実には多くの課題が残っています。特に、乗り越えなければならない具体的な課題は次の4点ではないでしょうか。
⒈ 標準化ができていないデータ
2016年12月14日に「官民データ活用推進基本法」が施行され、さまざまな分野で官民データが活用できる基盤の整備が、国・地方自治体・民間企業などに求めれていますが、それにはデータの標準化が必要となります。
例えば、行政機関が保有する住民データでは氏名は漢字のみで(フリガナは便宜上登録しているだけ)で、全国銀行協会が規定するフォーマットに準じた「全銀ファイル」では、氏名はカタカナのみですから、定額給付金の申請で振込先の名義・口座番号などをチェックする際にも影響があったようです。
この他にも、住所の番地表記が「X-X-X」「X丁目X番X号」、日付表記の年月日が「XX-XX-XX」「XX.XX.XX」「XXXXXX」など、データ表記の不統一は至る所に存在しています。 政府は2018年1月29日に「官民データ利活用に向けた政府の取組と共通語彙基盤概要」を公表し官民データの標準化や統一フォーマットなどを推進していますが、実際には新型コロナ感染対策の対応を見ても道半ばというところでしょうか。
⒉ デジタル改革が不十分な地方自治体
行政手続がオンライン化できたとしても、その先の受付業務がオンラインに対応していなければ業務の簡素化・効率化にはなりません。
特別定額給付金のオンライン申請でも多数の地方自治体で混乱が生じ受付を停止したり、郵送申請よりも遅くなったり、二重払いするミスなどが発生しました。
その大きな理由は、マイナンバーカードが本格的に利用されるのは今回が初めてで、パスワードを忘れた利用者への対応や大量のオンライン申請に対応できる仕組みが整備されていなかったことがあげられます。 特に、データの一元管理が出来ないため、オンライン申請のデータを全てプリントアウトし、住民基本台帳の受給権者リストと申請データを手作業で照合する地方自治体が多数ありました。
⒊ 多くの手続で求められる紙の添付書類
いまだに紙の添付書類を求める手続が多く存在していることが、行政手続のオンライン化を送らせている要因の1つになっています。
内閣官房IT室の調査では、各種手続で必要とされる頻度の高い添付書類の申請件数を次のようにまとめています。
- 登記事項証明書(商業法人)・・・ 10,462万件
- 住民票・・・・・・・・・・・・・ 5,132万件
- 戸籍謄抄本・・・・・・・・・・・ 4,724万件
紙の添付書類が無くならなければ、オンラインで手続を完結することは不可能です。デジタル手続法が施行されたことで、戸籍電子証明書や電子認証などの導入で添付書類の撤廃が加速されることを期待したいと思います。
⒋ 大きな壁となっているハンコ文化
行政機関や企業の多くは今でも押印された紙の申請書や稟議書などで業務を進めており、新型コロナ感染対策としてテレワークを導入している企業でも決済書類に押印するために出社する「ハンコ出社」が問題となりました。
行政手続きをオンライン化するためには、紙の書類を電子化し、本人確認を「ハンコ」から「電子認証」にしなければ先に進めません。
この点に関し、2020年7月8日に政府と経済4団体がオンライン化の課題である「書面、押印、対面」を原則とした現行の仕組みを転換するとの共同宣言を発表しましたが、その中に「ハンコ」を廃止し「電子署名」などを活用する旨が盛り込まれています。
また、この共同宣言に先立つ2020年6月19日には、「内閣府、法務省、経済産業省の連名で押印に関する法解釈」が公表されています。
以下は法解釈の中で押印に関し説明している3つの重要ポイントです。
- 契約は当事者の合意により成立し、書面への押印は特段の定めがある場合を除き押印しなくても契約の効力に影響はない
- 契約書等の私文書の中に本人の署名または押印があれば、民事訴訟法第228条第4項によって本人が作成したものと推定されるが、他人がハンコを盗み押印したなどの反証も可能なので押印があったとしても万全では無い
- テレワーク推進の観点からは、不要な押印を省略したり、押印以外の手段で代替したりすることが有意義であると考えられる
日本の印章制度・文化を守る議員連盟などの反対もありましたが、これらの政府の公式見解によってオンライン化の最大の壁であった「ハンコ」から「電子認証」への移行は一歩前進したと言えるでしょう。
行政のオンライン化が進まない理由は:まとめ
行政オンライン化への第一歩は利用者が特定できる「ID制度」ですが、日本は、アメリカ、イギリス、ドイツなどに先駆けて国民ID制度である「マイナンバー制度」を実施しています。
残念ながら、2018年の個人情報流出事件やマイナンバー通知カード(※2020年5月25日で廃止)などの存在、さらには利用機会が少ないこともあり、マイナンバーカードの交付率は2020年8月1日時点でも人口の18.2%にとどまっています。
法律の整備や各種政策はかなり充実してきていますが、最大の問題は「実行力」にあるようです。
マイナンバーカードの普及、利用範囲の拡大、地方自治体のデジタル改革の推進などを実行してゆくためには、デジタル・ガバメントの舵取り役である政府CIO(内閣 情報通信政策監)の下に、デジタル化を強力にサポートするイギリスのGovernment Digital Service(政府デジタルサービス)のような大勢のスタッフを擁する組織が必要なのかも知れません。