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フィンセン文書とはなにか?

フィンセン文書とはなにか

日本時間の2020年9月21日午前2時、世界の大手銀行が犯罪行為で得た不正資金のマネーロンダリング(資金洗浄)を黙認していた可能性があるというニュースが、世界で同時に報道され大きな衝撃を与えました。

マネーロンダリングに絡む資金は、1999年から2017年までの期間で合計約2兆ドル(約210兆円)以上にもなる巨額なもので、米国のニュースサイト「BuzzFeedニュース」によると、疑わしい取引の金額が多いのは、ドイツ銀行、JPモルガン、スタンダードチャータード、バンクオブニューヨークメロン、バークレイ、ソシエテジェネラル、HSBCなどで、金額は少ないが日本のいくつかの銀行も名前が上がっているという。

今回は、このニュースの情報源となった「フィンセン文書」と呼ばれる秘密文書
についてわかりやすく解説します。

マネーロンダリング

マネーロンダリング(money laundering)とは、日本語では資金洗浄のことで、違法行為で得た犯罪収益を正規の収入のように偽装したり隠したりする行為のこと。

例えば、麻薬取引などの犯罪で得た資金を、架空名義や他人名義の金融機関口座を経由し送金を繰り返すことによって出所を分からなくしたり、あるいは麻薬の譲渡代金を正当な商品の譲渡代金に見せかけるために売買契約書を作成したりして、あたかも正当な取引で得た資金であるかのように偽装する行為がその典型とされています。

マネーロンダリングを放置しておくと、犯罪組織が合法的な経済活動に支配力を及ぼしかねないため、国内だけではなく国際的にも防止することが重要な課題となっています。

フィンセン文書(FinCEN Files)とは

フィンセン文書とは、疑わしい資金の流れに関する国境を越えた調査文書のことで、具体的には1999年から2017年にかけて金融犯罪取締ネットワーク局(FinCEN)に提出された調査文書「不審行為報告書(SAR)」が流出し、この2500件以上のファイルからなる情報を「フィンセン文書」と名付けたものです。

不審行為報告書(SAR)

米ドル建ての疑わしい取引に関しては、米国外の金融機関であってもFinCENへの報告義務があるため、疑わしい取引を発見した場合には金融機関内の金融犯罪に関する担当者やコンプライアンス担当者がSAR(Suspicious Activity Report)を作成しFinCENに提出します。

SARは告発ではなく、犯罪の可能性がある疑わしい取引を警告するもので、機密書類として厳格に管理されているため通常であれば公になることはありませんでした。

FinCENの役割

FinCENは米国財務省に所属する情報機関で、局長は財務長官によって任命され、テロリズムと金融情報を管轄する財務次官の直属になります。

役割は、金融システムを違法な利用から保護し、マネーロンダリングなどの違法行為を防止するために、膨大な金融取引のデータを収集・管理・解析・公布を行い、国際組織や他国の機関と協力体制を構築して任務を遂行します。

極秘のフィンセン文書が公開された経緯

フィンセン文書は、米国のオンラインメディアBuzzFeed Newsが情報を入手し、その情報を非営利の報道機関「国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)」と共有しました。しかし、情報の出典については明らかにされていません。

その後、ICIJが中心となり、米国BuzzFeed News、英国BCC、日本からは朝日新聞と共同通信が参加し、世界88カ国108の報道機関によって16か月に渡り分析が行われ、日本時間2020年9月21日午前2時に世界同時に報道が開始されました。

国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)

ICIJ(International Consortium of Investigative Journalists)は、米国ワシントンD.C.に事務所を置く非営利の報道機関で、世界100カ国267人の調査ジャーナリストによってグローバルなコンソーシアムを構築する他、各国の報道機関との提携も行い国際的な社会問題などの取材及び報道を行なっています。

活動資金は主に個人や団体などからの寄付を財源とし、IT技術者、弁護士などの各種専門家の協力も得ています。近年では世界各国の首脳や富裕層による資金隠しなどの実態を明らかにした、「パナマ文書」や「パラダイス文書」の報道に関わっていたことでも知られています。

フィンセン文書で判明した疑わしい取引

ICIJを中心とした調査チームの活動により、米国当局が多くのグローバル銀行に対し不正資金の流れを防止できなかったことで罰金を科した後も、疑わしい取引を看過していることが明らかになりました。

また、ヨーロッパ最大のメガバンクである香港上海銀行が、2013年から2014年にかけて8000万ドル規模の投資詐欺について知りながら、詐欺グループによる海外送金を看過し、米国のJPモルガンは海外企業の所有者を把握せずにロンドンの口座への 10億ドル以上の送金を看過していたことなども明らかになっています。 ICIJによると、各金融機関の疑わしい取引の額は多い順に次のようになっています。

ドイツ銀行 1兆3,107億ドル
JPモルガン・チェース銀行5,142億ドル
スタンダードチャータード銀行1,661億ドル
バンクオブニューヨークメロン641億ドル
バークレイ銀行216億ドル
ソシエテジェネラル84億ドル
HSBC44億ドル
ステートストリートコーポレーション20億ドル
コメルツ銀行AG17億ドル

我が国でも金額は少ないですが、三菱東京UFJ銀行(当時)、みずほコーポレート銀行(同)、ゆうちょ銀行などの名前があがっています。

また、国際オリンピック委員会の関係者に対し、東京五輪・パラリンピックの招致委員会が委託したコンサルティング企業から約37万ドルの疑わしい支払が有ったことも明らかとなっています。

日本のマネーロンダリング対策

我が国のマネーロンダリング対策(注1)は、1992年に「麻薬特例法」が施行され金融機関等に薬物犯罪収益に関するマネーローンダリング情報の届出を義務づける「疑わしい取引の届出制度」が創設されました。

2000年には「組織的犯罪処罰法」の施行に伴い「疑わしい取引の届出制度」を麻薬犯罪から一定の重大犯罪にまで拡大。同年、日本版FIU(注2)ともいえる特定金融情報室を設置し、2007年に業務を国家公安委員会・警察庁に移管し、名称を「犯罪収益移転防止対策室(JAFIC)」とし取締りを強化しています。

(注1)関連記事:マネーロンダリングに関する法律、犯罪収益移転防止法とは?

(注2)FIU(Financial Intelligence Unit)とは、マネーロンダリングなどの疑わしい取引情報を収集・分析し、捜査機関等に提供する政府の機関のこと。

フィンセン文書とはなにか?:まとめ

「フィンセン文書」を最初に入手したBuzzFeed Newsによると、疑わしい資金は国際的なスポーツからハリウッドのエンターテインメント、高級不動産、有名レストランなど、世界中のさまざまな業界に流れ込んでおり、強大な権限を持っている米国政府でも止めることができないでいるといいます。

国際通貨基金(IMF)の見積では、マネーロンダリングは1年間で世界のGDPの2~5%の規模にもなる巨額の資金の流れであり、今回報道された「フィンセン文書」を一つの契機として金融機関が不正資金の浄化に利用されないように、世界各国の協力体制の強化による積極的な防止対策が望まれます。

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