デジタルガバメント、デジタル社会、行政DX、国税DXと我が国の政府はデジタル化に邁進していますが、掛け声とは逆にマイナンバーカードを利用した特別定額給付金のオンライン申請で大きな混乱が生じ、欧米諸国とのデジタル格差が浮き彫りになったのはわずか1年前の出来事です。
また、鍵を握るマイナンバーカードの交付率も5月の段階で30%に留まっているのは、デジタル化の進捗やデジタル化のメリットを実感できないからではないでしょうか。
しかし、新型コロナウイルス感染症に対するゲームチェンジャーと言われる「ワクチン接種」の急拡大の実現に関し、デジタル庁の母体となるIT総合戦略室が作った「ワクチン接種記録システム」が重要な役割を果たしたことで、デジタル化のメリットを国民は初めて実感することに。
そこで、今回は「ワクチン接種記録システム」を通じて9月1日に発足予定のデジタル庁に期待されるものを考えてみたいと思います。
初めて国と地方をつないだワクチン接種記録システムVRS
ワクチン接種記録システム(VRS: Vaccination Record System)とは、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種の際に、「接種者」「接種日」「接種会場」「ワクチンの種類」などの接種情報を一元的に記録・管理するものです。
国が提供するクラウドシステムを、市区町村、医療機関、集団接種会場、職域接種を行う企業などが利用することで、初めて国と地方がひとつのシステムでつながったのです。
いままでは、各市区町村では独自の情報管理システムを構築してきたため情報の一元管理が困難でしたが、ワクチン接種記録システムの利用によってどの接種会場でも端末から個人の接種情報の確認や、接種記録の入力・管理が可能となったため、1日100万回以上という従来では考えられなかった数の接種が大きな混乱もなく実現したのです。
ワクチン接種記録システムの4大メリット
⒈ 情報の確認・入力スピードが速い
従来の仕組みでは接種情報をデータ化するだけでも2〜3ヶ月必要でしたが、ワクチン接種記録システムの場合はタブレットで接種券のバーコードを読み取るだけで情報が登録されるため、クラウドにアクセスすれば最新の接種記録がスピーディに確認できます。
⒉ 市区町村が異なっても利用できる
従来の仕組みでは市区町村ごとに別々のシステムで情報を管理していましたが、ワクチン接種記録システムの場合にはマイナンバーの活用により引っ越し先の自治体からでも接種記録が参照できます。
⒊ 災害時でもデータが消失しない
クラウド上で情報を保管しているため、災害などで自治体の建物やシステムがダメージを受けても接種記録が失われることはありません。
⒋ データの集計・分析が可能
ワクチン接種記録システムでは入力された情報を即座に集計・分析ができるので、得られた地域別の統計情報などはワクチンの適正な再配分に役立っています。
デジタル社会形成の司令塔「デジタル庁」
電通がOxford Economics と共同で行った世界24ヵ国を対象に実施した調査・分析では、社会・人々に資するデジタル経済がどの程度構築されているかを示す「デジタル社会指標」において日本は24ヵ国中22位でした。
特に、デジタル経済の成長度合い・活力を示す「ダイナミズム」のスコアは平均以上なのに対し、デジタル成長の恩恵を受ける層の広さ・人々のデジタル活用度を示す「インクルージョン」と成長の基盤となるデジタル社会への信頼度を示す「トラスト」のスコアがともに平均以下と、現在の我が国におけるデジタル化の弱点を明らかにしています。
デジタル庁の最大の目標は、デジタル社会形成の司令塔となってこの2つの弱点を克服し国民が広く恩恵を受けられる官民のデジタルインフラを作り上げることです。
デジタル庁の任務
デジタル庁の任務は「デジタル庁設置法」で次の様に定められています。
第三条 (任務)
デジタル庁は、次に掲げることを任務とする。
1. デジタル社会形成基本法第2章に定めるデジタル社会の形成についての基本理念にのっとり、デジタル社会の形成に関する内閣の事務を内閣官房と共に助けること。
2. 基本理念にのっとり、デジタル社会の形成に関する行政事務の迅速かつ重点的な遂行を図ること。
この法律に基づき、デジタル庁が行う主な業務内容は次の7つです。
⒈ 国の情報システムの推進
国民や事業者などのユーザーの利便性向上及びシステムへの投資効率を高めるために、各府省が縦割りで構築していた情報システムの統合や民間システムとの連携によって行政サービスの改革を推進。
⒉ 地方共通のデジタル基盤の統一・標準化
地方公共団体の情報システムの統一・標準化を進め、地方公共団体の情報システムに関する人的・財政的負担の軽減とサービスの利便性向上を図る。
⒊ マイナンバー制度の深化
我が国で最も信頼性の高い身分証「マイナンバー」の利用を推進し、デジタル社会において「情報の安全」「高い利便性」「行政事務の効率化」を目指す。そのために、デジタル庁はマイナンバー制度全般の企画立案を一元的に行う。
⒋ 民間や準公共分野のデジタル化支援
業種間における情報システムの相互連携を進め、特に国民生活に密接に関連する「医療」「教育」「防災」などの分野においてはデジタル化に必要な規制・制度の見直しなどを推進する。
⒌ データ利活用に関する制度の企画・立案
公的機関等で登録・公開される、個人・法人・不動産・資格等の基本データ「ベースレジストリ」は、人や法人が社会活動を行う際の土台となることから様々な場面で安全にデータを活用できる様に、法人や個人を識別するID制度や、情報の真正性などを保証する制度を企画・立案する。
⒍ サイバーセキュリティの実現
庁内にセキュリティ専門チームを配置し、デジタル庁が運用するシステムの検証・監査を実施するとともに、内閣サイバーセキュリティセンターと連携しながら国の行政機関等のシステムに対するセキュリティ監査等を行う。
⒎ デジタル人材の確保
デジタル改革を牽引するITスキルを持った人材を採用するとともに、優秀な人材が民間・自治体・政府を行き来しながら経験を積める環境を整備する。
ワクチン接種記録システムから考えるデジタル庁への期待/まとめ
政府が6月18日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2021」では、グリーン、活力ある地方創り、少子化対策と並び「デジタル」を日本の未来を切り開く4つの原動力の1つとして位置付け、デジタル時代の官民インフラを今後5年で一気呵成に作り上げると明記しています。
新型コロナ感染拡大の中で誕生した「ワクチン接種記録システム」は、ワクチン接種1日100万回の達成に大きく貢献し、政府が思い描いているデジタル社会の姿を垣間見せてくれました。
しかし、これからの国際競争の中で我が国が持続的な発展を実現するためには、構築したデジタルインフラを行政業務だけに活用するのではなく、IoT・AI・次世代通信技術などと共に、経済、産業、環境、外交・安全保障など広い分野で活用しなければなりません。
我が国がデジタル後進国から脱却するためには、ひとえにデジタル庁の活躍にかかっています。発足前に期待だけは大きく膨らんできた「デジタル社会形成の司令塔」は、5年間で新しい日本を誕生させることができるのでしょうか。