新型コロナウイルスの感染拡大をうけて、政府は4月7日に「緊急事態宣言」を発令しました。
しかし、緊急事態宣言の具体的な内容などについて詳しい知識を持っていない人の方が多いのではないでしょうか。詳細がわからなければ、今後の見通しを立てることも難しいので、大きな不安を抱えている人も多いと思います。また、「緊急事態」、「自粛」という雰囲気のみで誤った判断をしてしまえば、不要なトラブルに巻き込まれることも想定されます。
特に、このような時期は、社会的な混乱に便乗した悪質な詐欺・犯罪などが生じるリスクも高くなるので注意が必要です。
そこで、今回は、先日発令された緊急事態宣言の概要について、根拠法令に基づきながら解説を加えたいと思います。
なお、新型コロナウイルスの基本知識や感染予防について注意事項などについては、下記ウェブサイトにまとめられていますので、参考にするとよいでしょう。
【参照】
新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)(厚生労働省ウェブサイト)
新型コロナウイルスによる「緊急事態宣言」とは?
行政が行う措置は、必ず法的な根拠があります。今回の緊急事態宣言発令は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、特措法と略して表記します)」に基づいて発令されたものです。
この特措法は、数年前に新型インフルエンザが問題となったときに策定されたものですが、昨今の感染拡大を受けて、新型コロナウイルスのケースにも適用できるようにするために、先月(令和2年3月13日)に法改正が行われ、その翌日から施行されています。
したがって、今回発令された「緊急事態宣言」の内容は、この特措法によってあらかじめ定められている事項を超えるものではありません。
緊急事態宣言を発令するための要件
特措法に基づく緊急事態宣言を発令するためには、特措法に定められた以下の要件を満たしている必要があります。
- コロナウイルス等の感染が国内で発生していること
- コロナウイルス等の感染が国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるとき
- 全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがあるとき
このうち2.については、感染者の肺炎、多臓器不全又は脳症その他厚生労働大臣が定める重篤である症例の発生頻度が、感染症法第六条第六項第一号に掲げるインフルエンザにかかった場合に比して相当程度高いと認められる場合に、3.については、感染症法に基づく調査を実施しても、感染経路が判断できない場合、感染者が感染をさらに蔓延させる行動をとっていた(そのおそれがある)場合に特措法の要件を満たすものと取り扱うことが政令によって定められています(新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令6条)。
現在の日本の状況は、すでに感染経路を把握できないケースが多数見られることから、いわゆる「蔓延期」とよばれるレベルに該当するのは間違いないでしょう。
今後、さらに事態が悪化し、感染者集団(クラスター)の発生や爆発的な感染者増(オーバーシュート)という事態が起きる(頻発する)ような事態に陥れば、医療崩壊は不可避といえますし、さらには国民生活それ自体にも重大な混乱・危険が生じ恐れが高いと判断されたことが、今回の緊急事態宣言発令の背景にあるというわけです。
平時(未発生期) | コロナウイルスなどの感染が発生していない状況 |
海外発生期 | 海外でコロナウイルス等の感染が発生したものの,国内ではコロナウイルス等の感染は発生していない状況 |
国内発生期 | 国内のいずれかの都道府県でコロナウイルス等の感染が発生し ているが,原則として全ての患者の接触歴を疫学調査で追うことができる状況 |
国内蔓延期 | 国内感染期とは,国内のいずれかの都道府県でコロナウイルス等に感染した患者の接触歴が疫学調査で追えなくなった状況(感染拡大からまん延,患者の減少に至るまでの時期を含む) |
小康期 | 小康期とは,新型インフルエンザ等の患者の発生が減少し,低い水準でとどまっている状態をいう |
緊急事態宣言の意義・目的
次に、緊急事態宣言を発令することの意義や目的についても確認していきましょう。
特措法において緊急事態宣言は、下記のように定義されています(特措法2条3項)。
新型インフルエンザ等緊急事態措置 第三十二条第一項の規定により同項に規定する新型インフルエンザ等緊急事態宣言がされた時から同条第五項の規定により同項に規定する新型インフルエンザ等緊急事態解除宣言がされるまでの間において、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにするため、国、地方公共団体並びに指定公共機関及び指定地方公共機関がこの法律の規定により実施する措置をいう。
新型インフルエンザ等対策特別措置法
この特措法(改正前)の立法作業においては、非常事態宣言については、以下のような機能・目的をもつものとして説明されていました。
・新型インフルエンザ等緊急事態措置(※)を講じなければ、医療提供の限界を超えてしまい、国民の生命・健康を保護できず、社会混乱を招いてしまうおそれが生じるような事態であることを、国民に分かりやすく周知するためのツール。
新型インフルエンザ等対策有識者会議配付資料(内閣官房ウェブサイト)
・個別の緊急事態措置を行うための第一のトリガー(新型インフルエンザ等緊急事態措置は、緊急事態宣言の対象期間・区域において、それぞれ個別の根拠条文に従い運用を判断。)。
今回のコロナウイルスの問題も感染の蔓延を抑制するという大きな目的では同じであることを考えれば、今回の「緊急事態宣言」の目的・機能もこれと同様のものである(第一の狙いは医療崩壊による社会混乱の防止にある)と考えることができます。
病気それ自体は、通常の季節型インフルエンザなどと同様に、社会の中は必ず一定の割合で生じるものです。しかし、今回のコロナウイルスの問題は、治療が追いつかないほどのペースで感染者が急増していることが大きな問題となっています。また、疫学的な有効性が確認されたワクチンが開発されていないことも重要なポイントです。緊急事態宣言は、これらの難しい問題を抱える医療機関を行政がサポートするためのさまざまな措置(後述)を講じるための前提条件として必要な対応となります。
また、コロナウイルス感染が生じた場合の経路を特定できない状況下においては、今後の感染増加(爆発)を予防するためにも一定の措置を講じる必要がありますが、緊急事態宣言はその前提としても必要な対応というわけです。
緊急事態宣言に基づく措置(緊急事態措置)
緊急事態宣言が発令されると、国や都道府県知事等は、緊急事態措置を講じることができるようになります。国などが実施しうる緊急事態措置はあらかじめ特措法に定めがありますが、大きく以下の3つに分類することができます。
- 蔓延の防止に関する措置
- 医療等の提供体制の確保に関する措置
- 国民生活及び国民経済の安定に関する措置
ただし、緊急事態宣言は、「これらの措置を講じるための前提」に過ぎません。具体的な措置は、国もしくは都道府県知事(の委託をうけた市区町村長など)によって個別に実施の要否が検討されることになります。したがって、先日の緊急事態宣言の発令によって、以下で解説するすべての措置が当然に講じられているというわけではないことに注意しておく必要があります。
なお、緊急事態措置が実施される期間は、最長で2年までとされています(特措法32条2項)が、必要があるときには、1年間まで延長することが可能とされています。
蔓延の防止に関する措置
緊急事態宣言は、コロナウイルス等のさらなる感染拡大を食い止める目的で発令されるものなので、国などが蔓延防止にために必要な措置を実施できるようになるのは、当然のことといえます。
特措法においては、蔓延防止のための措置として、次の2つの緊急事態措置を定めています。
- 感染を防止するための協力要請等(特措法45条)
- 予防接種実施のために必要な措置(特措法46条)
今回、首相や東京都知事などが会見などを通じて要請している「外出の自粛」などは、上記の「感染を防止するための協力要請」の典型例といえます。
また、今後コロナウイルスに有効なワクチンが開発されれば、予防接種の実施について必要な措置が講じられる可能性も高いといえるでしょう。
医療等の提供体制の確保に関する措置
緊急事態宣言は、コロナウイルス等の感染拡大による医療崩壊を防止し、適切な医療を提供し続けるために発令されるものでもあります。この点については、特措法において定められている非常事態措置は以下のとおりです。
- 医療等を確保するために必要な措置の実施義務(特措法47条)
- 都道府県知事の臨時医療施設の設置義務等(特措法48条)
- 都道府県知事の臨時医療施設の設置義務等(特措法48条)
非常事態宣言発令に先立って、民間ホテルなどの空室を借り上げて軽症患者の居住スペース(隔離スペース)として利用する旨が報道されましたが、このことは、非常事態措置を(ホテル事業者との同意によって)先取りしたものといえます。
国民生活及び国民経済の安定に関する措置
緊急事態宣言は感染の蔓延防止・医療確保だけでなく、感染の拡大による社会の混乱を予防・回避することも目的とするものです。そのため、「私たちの生活を守るため」に必要となるさまざまな措置が今後講じられる可能性があります。
特措法で講じることが認められている緊急事態措置としては次のものがあります。
- 緊急事態措置の実施に必要な物資・資材の供給の要請や相互協力(特措法50・51条)
- ライフラインの安定供給のためのライフライン供給事業者の義務(特措法52条)
- 運送・通信・郵便確保のために必要な措置(特措法53条)
- 緊急物資搬送のために必要な措置(特措法54条)
- 物資の売渡しの要請(特措法55条)
- 火葬、埋葬に関する特例措置(特措法56条)
- 患者の権利保全に必要な措置(特措法57条)
- 金銭支払い(猶予)などの特例措置(特措法58条)
- 生活関連物資等の価格の安定等(特措法59条)
- 緊急事態に関する融資についての政府系金融機関の努力義務(特措法60条)
- 通貨及び金融の安定に必要な措置(特措法61条)
政府系金融機関では、緊急事態宣言発令(緊急事態措置)に先立って、中小企業(個人事業主)向けの緊急融資などをすでに実施しています。コロナ禍以前にうけた融資についても返済条件のみなおしが可能となる場合も多いですので、今後の資金繰りに不安のある事業者の方は、日本政策金融公庫などに相談してみるとよいでしょう。
【参考】
新型コロナウイルス感染症で資金繰りにご不安を感じている事業者の皆様へ(経済産業省作成パンフレット)
生活費の工面が難しくなった場合
今回のコロナ禍は、わが国の経済活動に大きな影響を与えています。実際にも、毎月の収入が大幅に減少してしまったために、「明日の生活費の工面」にも不安を感じている人も多いと思います。
このような場合には、お住まいの地域の社会福祉協議会などから緊急の融資をうけられる場合があります(緊急小口融資)。ただ、社会福祉協議会への問い合わせも殺到しているようですから、慌てず落ち着いて対応するようにしましょう。
また、家賃の支払いが苦しい場合には、家賃の滞納を続けてもすぐに立ち退きを迫られない可能性も高いといえます(詳しくは、下記の記事で解説しています)。このような問題については、特措法58条に基づいた特別立法がなされることが最も好ましい対処方法といえるのですが、現在ではそのような法律・政令などは制定されていません(今後制定される余地は残されています)。
緊急事態宣言が解除される条件
緊急事態宣言が発令された以上、「その解除がいつか」ということは多くの人にとっての重大な関心事であるといえます。 既に紹介した特措法が作られたときの議論によれば、緊急事態宣言は次の条件を満たしたときに、あらゆる状況を総合的に判断した上で、解除されるものとされています。
- 罹患者の数、ワクチン接種者の数等から、国民の多くが新型インフルエンザ等に対する免疫を獲得したと考えられる場合
- 罹患者数が減少し、医療提供の限界内に維持しておさまり、社会経済活動が通常ベースで営まれるようになった場合
- 症例が積み重なってきた段階で、当初想定したよりも、新規罹患者数、重症化・死亡する患者数が少なく、医療提供の限界内に抑えられる見込みがたった場合
現状では、すぐに有効なワクチンが開発され十分な接種が行われるということは現実的ではありませんので、「感染者の数が減少し医療崩壊の危険性がなくなった」といえるような状況になることが緊急事態宣言解除の条件といえそうです。
緊急事態宣言が発令されたことで私たちが注意すべきポイント3つ
緊急事態宣言の発令は、さまざまな面において私たちの生活にも大きな影響を与えると思われます。 以下では、緊急事態宣言発令(緊急事態措置の実施)に伴って私たちが特に注意すべきポイントについてまとめてみました。
緊急事態宣言発令=都市封鎖(ロックダウン)ではない
外国にはコロナウイルスの感染拡大を理由に、都市封鎖(ロックダウン)を実施している国がないわけではありません。しかし、今回わが国において緊急事態宣言が発令されたことは、都市封鎖の実施には直接結びつくものではありません。この点については、首相も公式会見(令和2年4月7日)において明確に否定しています。
また、すでに解説したように、緊急事態宣言の発令によって、国は「生活基盤を守る」ために必要な措置を積極的に講じることができるようになりましたので、たとえば、トイレットペーパーなどの物資が不足するようなことも基本的には心配する必要はないといえます(し、買い物に行けなくなることを心配する必要もないといえます)。
「緊急事態宣言」というネーミングは、多くの人にとって不安に感じるものではありますが、落ち着いて対応することが、混乱を生じさせない(大きくさせない)ためにも重要です。
なお、緊急事態宣言と都市封鎖(ロックダウン)との関係については、下記の記事で詳しく解説していますので、「近い将来に都市封鎖(ロックダウン)があるのではないか」と不安に感じている人は参考にしてみてください。
「義務」を課されるケースは限定的
特措法に定められる緊急事態措置は、国などの権限や義務に関することが大半です。したがって、緊急事態宣言の発令(緊急事態措置の実施)によって、私たちが「何かしらの義務を負う」ということは基本的にはありません。
たとえば、「外出の自粛」についても、国などが行えるのは「要請(お願い)」に過ぎませんので、外出をしたことによって罰則などが生じるわけではありません。
ただ、罰則がないからといって「自由に外出してよい」と考えるのは、コロナウイルス感染の現状を前提にすれば危険といえます。外出をすれば、自分自身の感染リスクも高くなるからです。また、感染拡大が収束しない限り、緊急事態宣言が解除されることもありません。
例外的に義務・罰則が生じる3つのケース
緊急事態宣言が発令されただけでは、私たちに何かしらの義務が生じることはありませんが、次の緊急事態措置が実施された場合などには、一定の義務や違反時の罰則が生じる余地があります。
緊急事態措置の内容 | 義務もしくは罰則の内容 |
臨時の医療施設を開設するため、土地、家屋または物資を使用するについて同意を求められたとき(特措法49条1項)必要があると認めるときは、当該土地等の所有者及び占有者の同意を得て、当該土地等を使用することができる。 | 正当な理由がないにもかかわらず土地等の所有者が同意しないときには、都道府県知事は所有者の同意を得ずに土地を使用できる(特措法49条2項)。 |
特定物資の保管命令(特措法55条3項・4項)に従わず、特定物資を隠匿し、損壊し、廃棄し、または搬出した場合 | 6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金(特措法76条) |
特措法72条に基づく立入検査を拒否や妨害、報告の懈怠もしくは虚偽報告をした場合 | 30万円以下の罰金(特措法77条) |
緊急事態宣言下にあることを悪用した「詐欺」などにも注意
社会が混乱しているときには、それに乗じて不当な利益を得ようとする人が現れる可能性も高くなるといえます。
たとえば、罰則付きの外出禁止措置が講じられた国などでは、「警察官のなりすまし」などによる被害などを懸念する声がないわけではありません。
さらには、「緊急事態措置によって購入が義務づけられた」といった虚偽の押し売り(消毒用アルコールなど)などの被害も今後生じるかもしれません。国・都道府県・市区町村などが緊急事態措置を講じる際に、住民に義務を課す場合には、必ず十分なアナウンスが行われますので、怪しい商品の販売などには応じないようにしましょう。
怪しいセールスが訪れたという場合には、「わからないままに対応を決める」のではなく、家族・友人・自治体などに相談・報告することも大切なことでしょう。また、SNSなどを通じて、弁護士などに質問を投げかけてみるのもよい方法かもしれません。状況が状況ですから、好意的に対応してくれる弁護士(などの専門家)は多いと思われます。
コロナウイルスによる緊急事態宣言とは?:まとめ
特措法に基づく緊急事態宣言は、「国や自治体が住民の生活を守りやすくする」ための前提となる対応ということができますので、必ずしも「悪いことばかり」というわけではありません。緊急事態宣言というトリガーが引かれたことによって、効果的な施策が実施され、感染の蔓延を収束させられる可能性も高くなるといえるからです。
しかし、感染症はその危険性を目で確認することのできないものですから、今後について人大きな不安を感じている人も多いと思います。とはいえ、不安な気持ちだけが先にたって、誤った対応をする人が続出すれば、社会の混乱はさらに大きくなりますし、感染リスクが増大する可能性も高くなるかもしれません。
まずは、冷静に落ち着いて対応することが何よりも重要といえるでしょう。
また、緊急事態宣言発令にともなって、これに関連した詐欺などの被害が発生することも予測されます。わからないことはそのままにせずに、正しい判断のできそうな身近な人や専門家などに早めに相談するように心がけることも大切になってくるでしょう。