企業犯罪には、企業が利益追求などのために組織的に行う犯罪と、従業員・役員・経営者などが行う個人的な犯罪がありますが、後者は社内犯罪と言った方が分かりやすいかも知れません。
個人的犯罪は大きくは、刑法で定められている「窃盗罪」「詐欺罪」「横領罪」「業務上横領罪」「背任罪」「有価証券偽造罪」などと、商法や金融商品取引法で定められている「特別背任罪」「虚偽申告罪」「事実隠蔽罪」「インサイダー取引」などに分かれます。
今回は先のコラム「カルロス・ゴーンはなぜ捕まった?」でも触れた、特別な立場を利用した「特別背任罪」にフォーカスして説明します。 尚、特別背任罪は「会社法」だけではなく「保険業法」(第322条)、「一般社団法人法」(第334条)、「医療法」(第77条、第78条)などにも同様の規定があります。
背任罪とは
<刑法 第247条>
背任罪は、本人/会社と法的な信任関係のある事務処理者が、その信任関係に背いて財産上の損害を加える犯罪ですが、成立するには次の4つの構成要件が揃わなければなりません。
- 「主体」:他人のためにその事務を処理する者
※財産上の「事務」に限定する見解と、限定しない見解とがあります。 - 「目的」:自己若しくは第三者の利益を図る目的(図利目的)
又は、本人/会社に損害を加える目的(加害目的)
※2つ合わせて「図利加害目的」(とりかがいもくてき)と言います。 - 「行為」:本人/会社から委任されている任務に背く行為
※ 当然なすべき行為を行わない「不作為」も含まれます。 - 「損害」:本人/会社の財産上の損害(財産の減少、及び利益の喪失)
横領罪との違い
<刑法252条>
⒉ 自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。
横領罪は背任罪と異なり、「他人の物」を自分のものにすると適用されます。また、実際に利益を得ていなくても「他人の物」をネット販売などに出品した時点で成立します。
他人から委任された業務に違背して、他人の物(財産)を横領し損害を与える点では背任罪と横領罪は共通する部分もありますが、横領罪の対象は「自己の占有する他人の物」と限定されているところが大きく異なります。
特別背任罪とは
<会社法 第960条>
「特別背任罪」は名前の通り「背任罪」の特別な類型の犯罪で、大きな権限を与えられた役員等が対象となります。
法定刑は、背任罪が<5年以下の懲役又は50万円以下の罰金>であるのに対し、特別背任罪は<10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金、又はその両方>と非常に厳しいものとなっています。
特別背任罪が成立する4つの構成要件
特別背任罪が成立するには、背任罪と同様に「主体」「行為」「目的」「損害」の4つの構成要件が必要です。
1.行為の主体
特別背任罪の主体は、会社から大きな権限を与えられ社会的にも責任のある役員等に限定されているのが特徴で、次の役職者が対象となります。
<株式会社における対象者>
一 発起人
二 設立時取締役、設立時監査役
三 取締役、会計参与、監査役、執行役
四 仮処分命令により選任された取締役、監査役又は執行役の職務を代行する者
五 一時取締役、会計参与、監査役、代表取締役、委員、執行役、代表執行役の職務を行うべき者
六 支配人
七 事業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人
八 検査役
2.行為の目的
特別背任罪が成立するには、背任罪と同様に「図利加害目的」が必要です。
- 自己若しくは第三者の利益を図る目的(図利目的)
- 株式会社に損害を加える目的(加害目的)
特別背任罪の判断にはこの「目的」は非常に重要な構成要件で、例えば会社に損害を与えたとしても、会社の業績を向上させる目的で行えば成立しないことになります。
3.任務に背く行為
任務に背く行為を「任務違背行為」といいますが、具体的には次のようなケースが考えられます。
- 会社の承認を得ずに行う不正融資、不正取引
- 回収の見込みが無いにもかかわらず、十分な担保をとらずに行う不良貸付
- 会社と取締役間の不正な取引
- 不正に経費を水増し等する粉飾決済
- 貸付限度額を超過する不当貸付
4.会社の財産上の損害
財産上の損害とは、任務違背行為により会社の財産価値が減少した、あるいは増加するはずの財産価値が増加しないことをいいます。
時効について
特別背任罪の時効は「刑事」と「民事」では異なります。
<刑事>
刑事手続きの公訴時効は、違法行為が行われてから7年がとなります。
<民事>
会社の役員などに対する損害賠償請求権は、違法行為が行われてから10年となります。
カルロス・ゴーン氏のケース
カルロスゴーン日産自動車元会長は、2018年(サウジルート)と2019年(オマーンルート)に特別背任罪の容疑で逮捕されていますが、サウジルートを例にして特別背任罪の構成要件を見てゆきましょう。
<経緯>
2008年10月、ゴーン元会長の資産管理会社と新生銀行との間で契約したデリバティブ取引で生じた約18億5千万円の評価損を含む私的なスワップ契約を、日産に付け替え、その後彼の資産管理会社に再び付け戻した。
2009年から2012年の間に、新生銀行から追加担保を求められたゴーン元会長の信用保証に協力した、サウジアラビアの友人に合計1,470万ドル(当時のレートで約13億円)を送金させた。
資金はゴーン元会長の裁量で使える、中東日産会社が管理する「CEO予備費」から支出された。
主 体 | カルロス・ゴーン元会長 |
目 的 | ゴーン元会長の友人に対する私的な謝礼や見返り |
行 為 | 日産(中東日産会社)の資金を不正に支出 |
損 害 | 1,470万ドル |
※ 起訴当時の弁護団の主張は、サウジアラビア人の実業家に日産資金を提供したのは事業支援に対する正当な支払いだったとしています。
企業犯罪の背任とは何ですか?:まとめ
企業犯罪は、大きな資金を動かす大企業や金融機関で起こりやすく、バブル経済崩壊期などには不正融資による特別背任罪の摘発が相次ぎました。
企業犯罪の中でも特別背任罪を立証するのは難しく「会社の利益を守るための支出」「売上拡大に必要な支出」「適正な手続きに基づく支出」などの主張が認められ無罪となるケースもあります。 いづれにしても、企業犯罪を未然に防ぎ、あるいは特別背任などに問われないためにも企業における「内部統制システム」の構築・徹底は必須となっています。