交通事故被害に遭った場合には、重大な後遺障害が残ってしまう場合もあります。交通事故によって手足を切断しなければならなくなった場合や、いわゆる植物状態になった場合が典型例です。
後遺障害が残ってしまった被害者は、後遺障害による精神的な苦痛と、後遺障害を原因とする将来の減収分について損害賠償をうけとることができます。これらの損害賠償は、将来分のすべてを一括払いで受け取ることが原則とされていますが、今回紹介する最高裁判例は、逸失利益について定期金(毎月払い)による賠償をはじめて認めたものです。
そこで、定期期賠償と一時金賠償(一括払い)との違いや、本判決が実務に与える影響などについて解説することにします。
交通事故で後遺障害が残った場合の損害賠償
この記事を読んでいる方には、法律に詳しくないというかたも多いと思いますので、本記事での解説に必要な範囲で、交通事故による後遺障害や後遺障害が残ってしまった場合の損害賠償について解説を加えておきたいと思います。
後遺障害とは?
「後遺障害」とは、医師の治療によっては直すことができない症状のことを言います。交通事故損害賠償の実務においては、第三者機関(損害保険算出機構や裁判所など)によって認定された後遺障害のみが損害賠償の対象となるので、一般的な文脈でいわれる「後遺症」とは必ずしも同じではありません。たとえば、いわゆるむち打ち症のような場合には、痛みやしびれといった後遺症(被害者の自覚症状)は本当に残っていたとしても、それが後遺障害として認定されないということも珍しくないわけです。
後遺障害に対する損害賠償後遺障害慰謝料と逸失利益
後遺障害が認定された被害者は、その障害の程度(第1級~第14級)に応じて、後遺障害が残ったことによって今後の生活で生じる被害者の苦痛に対する賠償として後遺障害慰謝料を請求することができます(将来の治療費という趣旨ではありません)。
また、後遺障害が原因で仕事に支障が生じるような場合(後遺障害が原因で就ける仕事に制約が生じてしまった場合)には、後遺障害に応じて「将来の減収分」に対する賠償(逸失利益:いっしつりえき)を受けることができます。
一時金賠償と定期金賠償
損害賠償の受け取り方には、一時金賠償と定期金賠償の2つの方法があります。一時金は一括払い、定期金は分割払いといえば、一般の人にもわかりやすいといえます。
交通事故の損害賠償においては、一時金賠償の方法が大原則とされてきていますが、法律の規定の上では、「定期金賠償が認められない」というわけではなく、民法417条の2や民事訴訟法117条のように、定期金による損害賠償がなされることを前提とした条文も存在します。
一時金と定期金はどちらが有利か
一時金賠償と定期金賠償には一長一短があるので、どちらが有利と断言するのは難しいのですが、一般論としては次のようにまとめることができるでしょう。
まず定期金賠償は、賠償額の点では、被害者にとって有利になる場合が多いといえます。将来の損害賠償を一時金で受け取る場合には、中間利息が控除されることになるため実際に受け取れる金額がかなり減額されてしまうことになるからです。特に被害者が未成年であった場合の逸失利益を一時金で受け取る場合には、半分以上の金額が控除されてしまうケースが多いといえます。これから照会する本件事件の場合では、約30年分の年収に相当する金額が控除されることになります。
他方、加害者側にとっても、医療の進歩などによって後遺障害が将来大幅に改善したという場合や、賃金水準が大幅に下がったという場合には賠償額を減額させる余地が生じる点で有利になる場合があります。
そもそも、交通事故の損害賠償額はさまざまフィクションを積み重ねた評価額に過ぎませんから、中間控除のような仕組みを排除することは、より公平な損害額の算定に大きく資することにつながるといえるでしょう。
しかしながら、後遺障害に対する定期金賠償は、加害者と被害者との関係が「かなり長期化する」という点で、当事者の双方に大きな負担を強いることになってしまいます。さらには、賠償金の支払期間が長くなれば、加害者の資力不足(保険会社の倒産など)のリスクも高くなります。
また、交通事故には、「どちらかがだけが一方的に悪い」と言い切れないケースも多く、加害者・被害者共に「事故のことは早く忘れて新しい生活を送る」ことを重視することもあるでしょうから、支払いのたびに事故のことを思い出させる可能性があるという点で、定期金賠償によることが当事者に別の負担を生じさせる可能性がないわけではありません。
本件最高裁判例について
本件事故は、事故当時4歳だった子供が道路を横断していたところ、加害者が運転する大型トラックにはねられ、脳挫傷、びまん性軸索損傷のケガを負い、後遺障害等級第3級3号に該当するかなり重度の後遺障害(高次脳機能障害)が残ってしまったというケースです。
本件の被害者は、後遺障害による逸失利益を定期金で支払うことを求めていて、その可否が争点のひとつとなっていたものでした。
本件判決の概要
本件最高裁判所が示した判断のうちで重要な部分は次の2点です。
- 被害者が定期金による賠償を希望するときには、定期金によって賠償を支払わせることが損害の公平な分担という損害賠償制度の目的・理念に照らして相当といえるときには認めてよい
- 交通事故に起因する後遺障害逸失利益につき定期金賠償を命ずるときには、被害者が近い将来に死亡する特段の事情がない限りは、就労可能期間の終期を定期金による賠償の終期とすべき
【参考】本件最高裁判所判決(裁判所ウェブサイト)
損害賠償制度の目的・理念
日本の法律における損害賠償制度は、金銭賠償による原状回復(加害行為のなかった状態に戻す)を基礎としたもので、損害を当事者間で「公平に分担させる」ことを目的・理念としています。したがって、定期金賠償の方法をとることが、事故や損害の状況(後遺障害の程度や事後に損害額を見直すことになる蓋然性)に照らした場合に、加害者にとって不釣り合いな負担となる場合には、被害者が定期金賠償を求めていたとしても認められないという可能性があります。
この点、本件では、被害者は交通事故による脳へのダメージが原因で「一生働くことのできないほどの重度の後遺障害が残ってしまった」ということが定期金賠償を認めた大きな要因となったといえるでしょう。
他方で、労働能力喪失の程度の低い軽微な後遺障害(むち打ち症や骨折など)の場合や、加害者に負担を課す(毎月賠償金を支払わせることで反省を促したいなど)ことが目的であるような場合には、定期期賠償は認められない可能性の方が高いといえます。
今後さらに裁判例が積み重ねられれば、これらのルール(解釈の基準)はより明確になっていくものと思われますが、本件判決によって「あらゆるケースで定期金賠償が認められるわけではない」ということには注意しておく必要があるでしょう。
定期金賠償の終期
本件判決は「定期金賠償が認められた」という結論ばかりがクローズアップされて紹介されがちですが、法律論としては、本件判決の第2のポイント(定期金賠償とした場合の終期の定め方)の方が重要といえます。
たとえば、本件事故の場合には、事故当時4歳だった子どもが脳に深刻なダメージを受けたということで、就労可能期間(実務では18歳から67歳までとされています)よりも早く死亡する可能性がないとはいえません。本件加害者(上告人)からも「定期金賠償の終期は被害者の死亡時とすべき」との主張がだされていたところです。
しかし、本件最高裁判決は、一時金による逸失利益の算定について平成5年の最高裁判決が示したルール(交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的な事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、被害者死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではない)を定期金賠償となった本件でもそのまま適用しています。賠償金の支払い方によって就労可能期間が変動するということは、「衡平の理念に反する」と最高裁判所は考えたということになります。
なお、この点については、補足意見によって、被害者が就労可能期間よりも前に死亡した場合には、民事訴訟法117条による「判決の変更の訴え」による賠償額の見直しの余地があることも指摘されています。
今後の損害賠償実務への影響
本件最高裁判決はこれまでは将来の介護費用の場合に限って認められてきた定期金賠償を、逸失利益の支払いについても明確に容認したという点で、実務的には大きな意義があるといえます。上でも解説したように、一時金賠償と定期金賠償では、加害者が負担すべき賠償額にも違いが生じるため、「賠償方法の選択肢が拡がる」ことは、実際の交通事故示談に大きな影響を与える可能性が高いといえるからです。
後遺障害が疑われる交通事故示談では専門家のアドバイスが必須
後遺障害が残ってしまった場合の示談交渉は、そうではないケースと比べ格段に難易度が高くなります。そもそも後遺障害の認定それ自体が被害者にとってリスクの高い手続であるともいえるからです。
特に、「被害者の過失がゼロ」というケースでは、保険会社の示談代行も利用できないため、無知識の被害者が相手方の保険会社にうまくやりこめられ、本来よりも低い金額(低い後遺障害等級)で示談に応じさせられてしまうケースも少なくありません。
定期金賠償によって選択肢が増えれば、「適切な損害賠償のあり方」にも幅が拡がり、当事者の希望をさまざまな形で損害賠償に反映させやすくなる反面、相手方との交渉がさらに難しくなる可能性を増大させるおそれもあります。特に、保険会社同士のなれ合いが生じるようなケースでは、相手方だけでなく自分の保険会社との意見対立が生じる場面も増えるかもしれません。
また、弁護士に事件を依頼したという場合でも、「賠償方法についての見立てが弁護士によって異なる」可能性も高くなるといえますから、高額な逸失利益が発生するようなケースでは、複数の専門家に相談する(セカンドオピニオンを上手に活用する)ということもより重要になってくるといえるでしょう。
事業者は保険加入が必須に
本件事故が子どもと大型トラックとの事故であったように、大型の自動車による交通事故は、一般的な乗用車に比べて被害者のケガも重くなる可能性が高いといえます。
重度の後遺障害が残った場合に定期金賠償が認められる可能性が生じたことは、これらの大型車両を事業として用いている会社のリスクマネージメントのあり方にも影響を与えそうです。
運送業者には任意保険に加入せずに「自社積み立て(自社保険)」で万が一に備えている会社も少なくないとされていますが、定期金賠償が認められた場合には、高額な支払いを長期間続けなければならなくなることから、会社の資金繰りに与える影響もさらに大きくなることが予測されるからです。
まとめ
定期金による損害賠償の支払いは、これまでの実務ではあまり選択されてこなかった手法ですが、本件判決をきっかけに、「定期金での支払い」を求める被害者は今後増えていく可能性があります。
しかし、定期金による損害賠償は、相手方(の保険会社)と長期間の関係を持ち続ける必要が生じるだけでなく、将来の賃金水準の下落といった不確定要素や、加害者側(の保険会社)から「定期金の見直し」を求める訴えを起こされるリスクも抱えることになりますので、専門家とよく相談した上で、慎重に判断する必要があるでしょう。
また、交通事故の問題は「誰しもが加害者になり得る」ことも念頭においておく必要があります。特に、自動車を事業に用いている企業などでは、被害者から定期金賠償を求められうるということも前提に、任意保険加入など必要の措置をしっかり講じておくことが求められます。