はじめに
資本金について会社法では次のように定められています。
会社法第445条第1項
株式会社の資本金の額は、設立又は株式の発行に際して株主となる者が当該株式会社に対して払込み又は給付をした財産の額とする
つまり資本金は株主が会社に出資した金額のことですが、調達した資金を全て資本金としなくても良く、最大で1/2を資本準備金として計上することができます。ここで、資本準備金について簡単に説明しておきます。
「資本準備金」は株主の出資金のうち「資本金」に計上しなかった金額のことで、その主なメリットは次の2点です。
- 資本金が一定以上大きくなると税制上の優遇措置を受けられなくなるので、一部を資本準備金に計上することで資本金の増加を抑制できる
- 資本と比べて取り崩す手続きが比較的簡単なので、資金が不足した時に活用しやすい
話を資本金に戻しますが、そもそも資本金がなければ会社は設立できません。なぜなら、資本金は事業をスタートする際の元手だからです。2006年に施行された新会社法によって資本金は1円でも会社は設立できますが、1円で会社を運営することはできませんし、スタートしたばかりでは信用が無いので銀行からの借り入れもできません。
ですから、会社を新たに設立する際の資本金は、事業が軌道に乗るまでの期間、或いは新たな資金調達の条件が整うまでの期間、仮に売上が全く無くても会社を維持できるくらいの額は確保したいものです。
ここで、日本企業の資本金規模別の企業数とその平均売上高を見てみましょう。
上記のグラフを見ると二つのことが分かります。一つは、資本金3000万円以下のデータはありませんが、それでも1億円以下の企業だけで全体の半数以上を占めています。
二つめは、当然ですが売上高が増加するに従い資本金の額も大きくなっていること。これは事業の拡大に伴う資金調達や上場による資本金の増加ですから、事業が順調であれば健全なことです。
しかし、ベンチャー企業の場合は資金確保が成功への必須条件ですから、ベンチャーキャピタルなどから資金調達を繰り返すうちに利益はそれほど出ていないにも関わらず、いつの間にか資本金が10億円を超え、税制上の優遇措置などが受けられなくなることも珍しくありません。
資本金が少なければ、取引先に対し経営体力に不安がある印象を与え、逆に多ければ経営が安定し信頼できる企業という印象を与えられますが、実際には事業と資本金の額は全く別の物です。
そこで、資本金の額を経営戦略的に増減できる、増資及び減資とそのメリット・デメリットについて詳しく解説します。
増資とは
増資は会社の設立後に新たに株式を発行し資本金を増やすことですが、何のために資本金を増やすのでしょうか。
※ 増資で調達した資金は1/2を超えない範囲で「資本準備金」への組込が可能です。「資本準備金」は資本金よりも拘束力が弱いため、業績悪化などで資金不足になった場合、面倒な手続きをせずに減額し欠損填補に当てることが可能です。
増資の目的
資金調達は海外進出や工場新設などの積極的事業拡大のために行うのが理想的ですが、ベンチャー企業のようにIPOまでの資金確保や、累積赤字の解消などを目的として行う増資もあります。
増資の種類
増資には、留保していた利益や資本準備金などを資本金に振替える無償増資と、新たに株式を発行して払い込みを受ける有償増資の2種類があります。無償増資では会社の資金は増えませんが、有償増資では会社の資金が増えるところが大きな違いです。
さらに有償増資には次の3種類があります。
- 公募増資:不特定多数の投資家から出資を受ける
- 株主割当増資:既存株主から出資を受ける
- 株主割当増資:既存株主から出資を受ける
※増資をするためには株主総会の特別決議や登記申請などが必要です。
増資のメリット
- (1)財務体質が強化される
資本金が増えると自己資本比率が高くなるので、財務体質が強くなります。 - (2)信用力が高い印象を与える
一般的に、資本金が多いと信用力が高い印象を与えるので、取引先への口座開設が容易になったり、大きな金額の取引がし易くなったりします。 - (3)許認可事業に必要
建設業、人材派遣業など一定額以上の資本金がなければ認可が受けられないという事業を行う際にも資本金が足りなければ増資は不可欠です。
増資のデメリット
- (1)既存株主の不利益になる
株式を新たに発行するため、一株当たりの利益は低下します。 - (2)第三者の経営介入リスクがある
一定以上の割合を獲得したベンチャーキャピタルなどの第三者が経営介入し事業運営がしづらくなることも考えられます。 - (3)優遇税制や消費税免税措置が受けられなくなる
1000万円未満、3000万円以下、1億円以下と資本金の額によって様々な優遇税制が設けられていますが、特に1億円未満と1億円以上では税制上大きな違いが出てきます。ここで、資本金の額と各種優遇税制を整理したいと思います。
< 資本金と主な優遇制度 >
資本金 | 優遇制度の内容 |
1,000万円未満 | 1. 新規設立法人の場合、二事業年度の消費税が免税 2. 法人住民税の均等割 |
3,000万円以下 ※青色申告を選択 | 1. 中小企業投資促進税制の税額控除※ ※ 機械装置、事務機器、ソフトウエアなどの取得額の7%(但し、法人税額の20%が上限)の税金が免除となる。 |
1億円以下 ※青色申告を選択 | 1. 法人税の税率が所得金額800万円までは資本金が1億円を超える企業が23.2%に対し、1億円以下であれば軽減税率15%が適用される 2. 税法上の交際費等は経費処理できませんが、資本金が1億円以下であれば800万円以下の交際費等が全額経費で落とせる 3. 欠損金(赤字額)の全額を翌年以降10年間、所得金額から繰越控除できる 4. 欠損金の繰越還付※ができる ※赤字年度の確定申告で納付した過去の法人税の一部又は全部の還付を受けること 5. 30万円未満の小額減価償却資産を全額損金に算入できる 6. 各種特別償却、特別控除が適用できる 7. 法人事業税の外形標準課税※の対象外となる ※外形標準課税は赤字・黒字に関係なく課税されるが、対象外になると法人事業税はゼロとなる 8. 法人住民税の均等割が少なくなる |
この他に、資本金が5億円を超えると会社法上は大会社となるので、会計監査人の設置が義務付けられます。会計監査人設置会社は、監査法人などと監査契約を締結し会計監査を受ける義務があり、年間数百万円の費用が発生するとともに管理部門の負担も大きくなります。
減資とは
減資とは、資本金や資本準備金を減少させることですが、特に資本金を減らす場合には「業績が悪化した?」「事業を縮小する?」などのマイナスの印象があります。それでも、面倒な手続きを経てまで減資を行うのはなぜでしょうか。
減資の目的
- (1)欠損の填補:資本金や資本準備金を取り崩し、欠損填補を行う。
- (2)優遇税制の適用:資本金の額を1億円以下にすることにより、優遇税制の適用を受ける。
- (3)配当原資の確保:資本金を減少させ、その他資本剰余金を手厚くすることで、分配可能額を確保する。
減資の種類
増資にも増資と同様に有償減資と無償減資の2種類があります。
有償減資は、資本金を減少させた結果生じた剰余金を株主へ支払う目的で行われるもので
無償減資は、資金が外部には流出せず、減資した分は貸借対照表上の別の科目に計上します。
ここで2015年に実際に行われた興味深い2つの無償減資についてご紹介します。
シャープ株式会社のケース
家電大手のシャープは当時経営再建中で、約1,200億円の資本金を減資し1億円とする計画を立てていました。
目的は中小企業向けの様々な税制上の優遇措置を受けることで、赤字でも課税される「外形標準課税」を回避することと、欠損金(赤字額)の全額を所得から10年間控除できる「繰越控除」が大きかったと言われています。
しかし、連結売上高3兆円の大企業が中小企業向けの優遇税制の適用を受けるということで、マスコミや政府などから批判が出て最終的には5億円の減資となりました。
吉本興業株式会社(現:吉本興業ホールディングス株式会社)のケース
シャープの減資と同じ年に、最近話題になった王手芸能プロダクションの吉本興業も減資を行っています。 シャープの1/10の規模でしたが、約125億円の資本金を1億円に減資するものでした。同社は2010年に非上場化していたこともあり減資は無事実施されました。
吉本興業によれば減資の目的は財務体質の改善で、取り崩した資本金を中長期的な投資に回すための財務戦略としています。
減資のメリット
減資の大きなメリットは2つに絞られると思います。
- (1)欠損金(赤字額)の補填
- (2)節税
吉本興業のように大きな欠損金を出しながらも将来の投資の財源とするケースというは非常に稀ですが、もし成功すれば新しい戦略的減税と言えるでしょう。
但し、税制上は事業規模とは関係なく資本金の額だけで「大企業」「中小企業」が分類され、減資することによって実態が大企業であっても、中小企業向けの優遇税制を利用できてしまうことの是非に対しては議論の分かれるところです。
減資のデメリット
有償減資と無償減資ではデメリットが異なります。会社から資金が流出する有償減資では減資した分の財産減少がデメリットとなり、無償減資では会社財産には変動ありませんが、信用力が低下する可能性のあることがデメリットとなります。
まとめ
ベンチャー企業にとっての資本金は事業が軌道に乗るまでの重要な資金です。たとえ資本金が1億円を超えて優遇税制が適用されなくなっても増資は欠かせません。
しかし、事業が軌道に乗った後に要求されるのは赤字のない健全経営ですが、累積赤字がいつまでもあるとバランスシート上では不健全な企業と見られてしまいます。特にIPOを目前にしたベンチャー企業や経営再建中の企業にとっては、節税とともに、「資本金」と「累積赤字」を相殺し見かけ上健全な会社にできる減資は重要なオプションです。
かつて、資本金は多ければ多い方が良いとされる時代もありましたが、今や資本金は経営戦略上の重要なツールになってきているようです。