本コラムで以前取り上げた、大ヒットゲーム白猫プロジェクトを舞台としたコロプラ社と任天堂との訴訟に新しい動きがありました。
2020年2月19日の白猫プロジェクトのアップデートにおいて、訴訟の争点となっているゲームプログラム(ぷにコンシステム)の仕様が変更されることが、コロプラ社より発表されました。
そこで今回は、この仕様変更が本件訴訟に与える影響や今後の見通しなどについて、筆者なりの展望を述べてみたいと思います。
任天堂VSコロプラ(白猫プロジェクト)訴訟のその後
コロプラ社による今回の仕様変更は、多くの人が想像するように、本件訴訟による影響を多分に受けたものと考えるのが妥当でしょう。
本件訴訟との関係で、コロプラ社が仕様変更に踏み切った一番の要因は、昨年(2019年)11月に、任天堂が申し立てていた訂正の審判がさらに認められたことにあるといえます(訂正の審判については、 前回の記事で解説を加えています )。
これにより、コロプラ社による「特許無効の抗弁」が認められる(つまり、コロプラ社が勝訴できる)可能性はさらに低くなったからです。
そのような状況下で何の対応しなければ、巨額の損害賠償の支払いを命じられるだけでなく、ゲーム提供の差止め判決が下される可能性も高いといえます。
白猫プロジェクトの仕様変更は本件訴訟にどのような影響を与えるのか?
以下は、あくまでも筆者自身の見解になりますが、今回の仕様変更は、コロプラ社の本件訴訟における「戦略の転換」も背景にしているのではないかと思われます。つまり、当初は「徹底抗戦」の構えを見せていたコロプラ社は、「できれば和解で解決したい」という方向に戦略を大きくシフトさせたのではないかということです。
少なくとも、今回の仕様変更には「『白猫プロジェクトの提供差止め判決』だけは絶対に避けたい」というコロプラ社の意向があることは間違いないといえます。口頭弁論終結までに特許権を侵害している状況を解消できれば、差止め判決が下されることはないからです。また、判決まで現状を放置するよりも事前に侵害を解消すれば(侵害期間が短くなるので)その分だけ賠償金も低くなるはずです。
白猫プロジェクトはコロプラ社の生命線
コロプラ社にとって白猫プロジェクトというゲームは、ただのヒット作ではなく、会社の収益の屋台骨を支える最も重要な収入源のひとつとなっています。したがって、差止め判決は、コロプラ社にとって「ゲームを提供できない」ということにとどまらず、会社の存続問題にも直結する可能性があります。コロプラ社自身が、敗訴の可能性が高いと考えるのであれば、それによるリスクを回避・軽減するためにあらゆる手段を講じるのは当然のことといえます。
ところで、今回の仕様変更の発表においては、以下のようなコロプラ社からのコメントが付されていたことも話題なりましたが、上のような事情(白猫プロジェクトを提供中止にできないということ)を踏まえれば、当然のコメントといえます。
引き続き係争中ではありますが、白猫プロジェクトを今後も長く皆様にお楽しみいただくための対応となります。今回の件が影響し、白猫プロジェクトのサービスが終了するということは断じてございません。
2月19日(水)実施予定のクエストにおける操作方法の変更について
(白猫プロジェクトウェブサイトより転載)
ドラクエウォーク特需という追い風
ゲーム好きの人であれば、コロプラ社は2019年にサービスがはじまったスクウェア・エニックス社の大人気ゲーム「ドラクエウォーク」にも関わっていることはご存じだろうと思います。実際、コロプラ社の最新の決算報告書によれば、ドラクエウォークは白猫プロジェクトに替わる新しい収益の柱になりつつあります。今回の対応には、「追い風が吹いているいまのうち(和解金を支払う余力のあるうち)にこの問題を終わらせたい」というコロプラ社の思惑も見え隠れするような気がします。
本当に「和解で決着」となるのか?~本件訴訟の今後を展望
今回の仕様変更は、コロプラ社側が本件訴訟の落とし所を本気で模索しはじめたことの現れであることは間違いないと思いますが、コロプラ社の思惑通りにすんなり和解に進むかといえば、それも一筋縄にはいかないように思われます。
本件訴訟は、訴訟の初期段階から圧倒的に任天堂優勢の流れで進められてきましたし、多くの専門家が「任天堂勝訴濃厚」という見立てをもっている現状では、必要以上に譲歩をして和解するメリットが任天堂には全くないからです。
仮に、任天堂(法務部)にとって、本件訴訟の提起が、同種のケースへの「見せしめ」、「警告」としての意味をもっているとするならば、簡単に和解に応じてしまうことは、むしろデメリットしかないともいえるでしょう。本件訴訟は、任天堂の請求額も桁外れの金額ですから、「ただの特許権侵害訴訟」という雰囲気ではありません。
任天堂の狙いはどこに?
ある企業が同業他社を訴えるケースでは、訴訟の争点とは離れたところに本当の狙いがあることも珍しくありません。つまり、本件訴訟であれば「損害賠償の請求」や「ゲーム提供(販売)の差止め」とは離れたところに、本当の狙いがあるということです。たとえば、上であげた「同業他社への警告」というのも、そのような「隠れた本当の狙い」のひとつといえます。任天堂としては、訴訟前後のコロプラ社の対応に強い憤りを感じている、もしくは、今後の類似トラブルの防止(見せしめ)を目的に「巨額の賠償請求」に踏み切ったとも考えられます。
ただ、任天堂は、すでに同じような訴訟を多く行っていますので、コロプラ社を訴えたことの「警告としての価値」は大きくないといえそうです。本件訴訟がなかったとしても「任天堂(法務部)は怖い」ということは、同業者であれば周知の事実だからです。
また、あれだけの金額を請求するということは、任天堂にもそれなりのリスクがあります。44億円の請求であれば、裁判所に納める手数料だけでも1000万円近い金額になります。さらに、44億円の請求をして1億円や2億円で和解となったのでは、任天堂のメンツも潰れてしまいますから、44億円という請求は最初から「任天堂は簡単には折れない」というメッセージを含ませての訴訟提起であるといえます(損害賠償額は訴訟の途中で増減できます)。
このような事情を総合的に加味すれば、「本件訴訟には何か裏がある」と邪推する余地は十分にあるといえそうです。
敵対的買収の可能性
そこで、仮に筆者が任天堂の経営陣だったらと考えた場合に思い当たるのが、「任天堂によるコロプラ社の敵対的買収」です。この仮説の根拠としては、次の2つの事情を挙げることができます。
任天堂自体の営業戦略の変更
任天堂は、元々は花札やトランプの製造・販売を手がける玩具メーカーとして有名でしたが、その名前が世界的に拡がったのは、ファミリーコンピューター(いわゆるファミコン)に代表される家庭向けのテレビゲーム機の製造販売です。任天堂自体も、マリオシリーズやゼルダシリーズのように、大ヒットゲームを手がけてはいますが、どちらかといえば、「ハードウェアのメーカー」としての役割の方が大きかったといえます。
従来型のゲーム業界は、いわゆる「売り切り型」でゲームを販売していました。いまのように「基本プレイ無料」というスタイルに切り替わったのは、スマホアプリゲームが普及してからのことですので、つい最近のことです。その流れの中でも、任天堂はスマホ向けの「マリオカート」を売り切り型で販売したことがあり、大きな話題にもなりました。
しかし、最新版のマリオカートが「基本プレイ無料(ガチャ課金システム)」となったことにも示されるように、任天堂のゲーム事業戦略それ自体も転換期にあるといえそうです。
任天堂はコロプラ社側の経営事情
たとえば、今後の任天堂の戦略が、いまの主力ゲーム機であるSWICHよりもスマホアプリゲームをメインに据えていくという方向に変わるのであれば、他のゲームメーカーは、自社ゲーム機を通じて任天堂に収益をもたらしてくれる「お得意様」ではなく、「ただのライバル」ということになってしまいます。
そのように考えたときに、スマホアプリゲームの開発に優れた技術・ノウハウがあり、すでに優良な人気タイトルを抱えているコロプラ社は、任天堂にとっては、買収の対象として非常に魅力的な存在といえるわけです。コロプラ社を買収すれば、将来の強力なライバルを潰せるだけでなく、任天堂にはないノウハウを吸収することができるからです。
また、コロプラ社は、ヒット商品があるとはいえ、必ずしも盤石な経営状態とは言い切れない次のような事情を抱えています。
- 売り上げが2016年をピークに減少傾向にある
- 白猫プロジェクト関連の収益への依存度が高い(※2019年9月以降はドラクエウォーク関連の売り上げが急増)
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つまり、任天堂はこれらの事情を見据えた上で、将来の買収もしくはそれに近い業務提携交渉に向けた橋頭堡として、コロプラ社に対し本件訴訟を仕掛けた可能性もあるのではないかと筆者は考えています。コロプラ社にとって白猫プロジェクトは、屋台骨であると同時にアキレス腱でもあるので、その弱点を攻めることは、最も効果的な戦術といえるからです。
本件訴訟提起によって、コロプラ社の株価を引き下げ、企業体力を奪い、多額の賠償金(買収のための軍資金)を得られれば、次のステップではかなり有利に戦略を進めることが可能となります。
コロプラ社は任天堂の本当の狙いを察していたのでは?
上で述べた仮説は、あくまでも筆者の独断による推論でしかありません。そもそも買収話は最終局面を迎えるまで表にでることはありません。
しかし、コロプラ社の対応からも、このような事情の存在を推測することは可能といえるでしょう。
まず、今回の徹底抗戦の戦略は、最強の法務部と名高い任天堂法務部を相手にする戦略としては、いささか乱暴な印象を受けます。無効化主張それ自体は、特許権侵害訴訟における常套テクニックであるとはいえ、あまりにも「諦めが悪すぎる」印象を受けるからです。この手の訴訟には必ずその道のプロ(弁護士・弁理士)がつくことを考えればなおさらです。
しかし、この点については、本件訴訟の本当の本丸が「自社の存亡」だったすれば、コロプラ社が「なりふり構わずの徹底抗戦」を選択したことにも一定の理解を示すことができるでしょう。
次に、白猫プロジェクトの仕様変更のタイミングも、単純に和解だけを目的とした動きとしては、時機を失した感があります。和解の時期を引き延ばすほど、コロプラ社側が支払うべき和解金は高くなっていくと考えるのが普通だからです。もっとも、コロプラ社が「本当に勝てると思っていた」という可能性や、代替プログラムの準備に時間がかかったという可能性がないとはいえませんが、「『ドラクエウォークのヒットという大転機』をあえて待った」と考えることもあながち邪推とはいえないでしょう。仮に、この推論が正しければ、コロプラ社にとってドラクエウォーク(とこの話を持ちかけてくれたスクウェア・エニックス社)は、救世主といえそうです。
仮説の上に仮説を重ねることになってはしまいますが、万が一、コロプラ社に敵対的買収の危機が生じた際に、スクエニ社がホワイトナイトにある可能性なども考えれば、スクエニ社とコロプラ社の関係は、今後の展開においても大きなポイントになるかもしれません。
任天堂VSコロプラ訴訟のその後:まとめ
特許権侵害による損害賠償請求という点に限れば、今回の仕様変更は、コロプラ社による全面降伏ということができます。
とはいえ、本件訴訟における任天堂の狙いが、筆者の仮説のように、賠償金や見せしめではなく、コロプラ社の買収などの全く違うところにあったとすれば、コロプラ社にも逆転勝利の可能性が残されています。コロプラ社としては、自社という本丸を守ることができればそれは勝利に等しいからです。その場合には、「ただの引き延ばし」と評価されていた無効化主張による徹底抗戦も、(ギャンブル的な戦略であったことは事実としても)有効な戦略だったということになります。
他方、任天堂(法務部)にとっては、コロプラ社が本気でレシーブを返してきたこれからが「本当の手腕の見せ所」といえます。
任天堂(法務部)の凄さは、「訴訟に勝ち続けている」ことではなく、法務部の動きが企業それ自体のマクロレベルの事業戦略をきちんとマッチしているところにあるからです。
本件訴訟自体は、今回の仕様変更によって一気に終盤局面を迎えます。しかし、コロプラ社と任天堂の攻防それ自体は、それぞれの当事者の思惑次第で、さらに長期化するかもしれません。
任天堂株式会社 保有知財リスト
任天堂株式会社がどのような知財を保有しているかは以下より確認できます。