新しい店舗のオープンセールに従業員を無償で派遣させる、取引を継続してほしければこれを買えと不要な商品を購入させる……このように、取引上優位な立場を利用して相手に不利益を与える行為は、独占禁止法における優越的地位の濫用として禁止されています。
今回は、独占禁止法の全体像を踏まえた上で、優越的地位の濫用について要件や違反した場合の措置を解説します。
後半では、優越的地位の濫用が問題となった事例についても紹介します。
独占禁止法とは?
独占禁止法は「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」の略称で、独禁法とも呼ばれます。
独占禁止法の目的は、公正かつ自由な競争を促進し、事業者の自主的な判断による自由な活動を図る点にあります。
資本主義社会において、公正な競争により市場メカニズムが正常に働いていることは不可欠の前提です。しかし、利益追求のため事業者同士が価格を一斉に引き上げたり、他の事業者を不当に排除したりすることで市場をコントロールし、競争が歪められてしまう場合があります。
そこで、独占禁止法は違反行為を類型化し、それらを禁止することで消費者の利益保護を図っています。
主な違反行為
独占禁止法が規定する主な違反行為には、以下の5つがあります。そして、これらの中でさらに違反行為が類型化されています。
私的独占(3条前段)
(例)低価格販売、排他的取引など
不当な取引制限(3条後段)
(例)カルテルや談合、OEM協定など
不公正な取引方法(19条)
(例)取引拒絶、拘束条件付取引、抱き合わせ販売など
事業者団体の競争制限的行為(8条)
(例)事業者団体の構成員に不公正な取引方法をさせる行為など
企業結合規制(9条~18条)※12条は削除
(例)合併や事業譲渡における規制など
このうち、優越的地位の濫用は「不公正な取引方法」に属する行為類型です。
優越的地位の濫用とは?
取引上優位な地位を利用して相手方に対し不当な要求をする行為などが、「優越的地位の濫用」として禁止されています。行為の種類として、購入強制、経済上の利益を提供させること、相手方に不利益となるような取引条件の設定・変更又は取引の実施の3つが規定されています。
優越的地位の濫用は、独占禁止法2条9項5号等で規定され、19条で禁止されています。
独占禁止法2条9項
この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。
5号 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。
イ 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。
ロ 継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。
独占禁止法19条(不公正な取引方法の禁止)
事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。
このように、2条9項全体で不公正な取引方法を、同項5号で優越的地位の濫用を規定しており、5号のイ、ロ、ハでさらに類型化をしています。
<独占禁止法の全体像と優越的地位の濫用の位置付け>
優越的地位の濫用の要件は?
優越的地位の濫用に当たるかどうかは、どのような行為をするかという行為要件と、どのような効果を生じさせるかという効果要件により判断されます。
行為要件
- 優越的地位の利用
優越的地位が認められるかどうかは、公正取引委員会が公表しているガイドラインを参考に判断されます。
具体的には、取引依存度や、優位側の市場における地位、劣位側が取引先変更される可能性などを考慮して、優越的地位を認定します。
- 濫用行為
イ 購入強制
(例)百貨店が納入業者に対して、納入業者の必要としていない効果な時計や絵画等を購入させた行為
ロ 経済上の利益を提供させること
(例)優越的地位にある事業者が納入業者に対して、棚卸しや棚替えの作業をするため納入業者の負担で従業員の派遣を要請した行為
ハ 相手方に不利益となるような取引条件の設定、変更又は取引の実施
(例)受領拒否や不当返品、支払遅延や代金減額など
効果要件
自由競争基盤の侵害に基づく公正競争阻害性を認定します。すなわち、優越的地位の濫用に当たるには、違反行為をするにとどまらす、それにより取引主体の自由かつ自主的な判断による取引が妨げられるおそれがある必要があります。
違反するとどうなるか?
独占禁止法に違反した場合、排除措置命令や課徴金納付命令が発せられるほか、排除措置命令に従わない場合には刑事罰が科される可能性があります。
排除措置命令とは?
排除措置命令は、独占禁止法20条1項に基づき、不公正な取引方法に該当する行為を排除するため措置を命ずるものです。
独占禁止法19条(不公正な取引方法の禁止)
事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。
独占禁止法20条1項(排除措置)
前条の規定に違反する行為があるときは、公正取引委員会は、第八章第二節に規定する手続に従い、事業者に対し、当該行為の差止め、契約条項の削除その他当該行為を排除するために必要な措置を命ずることができる。
排除措置命令の例として、価格カルテルの場合に価格引上げ等の決定の破棄とその周知、さらに独占禁止法遵守のための行動指針の作成、営業担当者に対する研修など再発防止のための対策などを命じる、といったものがあります。
排除措置命令に従わない場合には、独占禁止法90条3号に基づき、懲役又は罰金が科されます。法人の両罰規定も存在します。
独占禁止法90条
次の各号のいずれかに該当するものは、二年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。
3号 排除措置命令又は競争回復措置命令が確定した後においてこれに従わないもの
課徴金納付命令とは?
課徴金納付命令とは、独占禁止法20条の6に基づき、制裁として課徴金の納付を命ずる行政処分です。
独占禁止法20条の6
事業者が、第十九条の規定に違反する行為(中略)をしたときは、公正取引委員会は、第八章第二節に規定する手続に従い、当該事業者に対し、違反行為期間における、当該違反行為の相手方との間における政令で定める方法により算定した売上額(中略)に百分の一を乗じて得た額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならない。ただし、その額が百万円未満であるときは、その納付を命ずることができない。
このように、定められた基準に従って課徴金の額が算定されます。
公正取引委員会の発表によると、令和元年9月30日時点で、1事件の最高額は約398億円、1社に対する最高額は約131億円となっています。
優越的地位の濫用が問題となった事例
では、実際に優越的地位の濫用が問題となった事例をみていきましょう。
セブンイレブン本部による加盟店の見切り販売禁止
- 事実の概要
2009年、セブンイレブンジャパン本部が加盟店に対し、毎日納入される弁当などデイリー商品の見切り販売を妨害していたことが判明しました。
セブンイレブンでは、定めた販売期限を過ぎた商品は廃棄しなければならず、廃棄された商品の原価相当額は各加盟店が負担することになっています。
しかし、本部は加盟店に対して値引き販売を行わないよう指示し、それに従わない場合には加盟店基本契約の解除を示唆していました。
- 争点
見切り販売を制限した行為が、濫用行為の3類型のうち、相手方に不利益となるような取引条件の設定、変更又は取引の実施(2条9項5号ハ)に当たるかどうかが争われました。
- 結果
見切り販売の制限は、加盟店が廃棄予定商品の原価相当額について負担を軽減する機会を奪っており、正常な商慣習に照らして不当な不利益を与えるものといえるため、優越的地位の濫用に当たると判断されました。
その結果公正取引委員会は、セブンイレブンに対し排除措置命令を出しました。その内容は、同様の行為を行わないことの取締役会決議、従業員への周知徹底、見切り販売の方法についての資料作成の要求などが含まれていました。
アマゾンジャパンによる出品者に対する協力金の要求
- 事実の概要
2019年、アマゾンジャパンが出品者に対し、販売金額の1~5%を協力金として支払うように求めていることが判明しました。
アマゾンでの販売が困難になることを恐れ、出品者は協力金の支払を余儀なくされていた可能性があります。
- 争点
ECプラットフォーマーの出品者に対する優越的地位が利用され、協力金の要求が相手方に不利益となるような取引条件の設定、変更又は取引の実施(2条9項5号ハ)に当たるかが争点といえます。
- 結果
アマゾンの商品を納入している仕入れ先に対して、アマゾンが20億円の返金を行うという改善計画を公正取引委員会に提出し、認められました。
そのため、この件で公正取引委員会による排除措置命令や課徴金納付命令は行われませんでした。
食べログによる評価点の下落
- 事実の概要
2019年、グルメサイト「食べログ」を運営するカカクコムが評価点に関するアルゴリズムを変更したことにより、チェーン展開をする飲食店の評価点が下落しました。
韓国料理チェーンを展開する韓流村は、アルゴリズムの変更により運営する焼肉店KollaBoの評価点が下落した結果、売上が約2500万円減少したと主張し損害賠償請求をしました。
- 争点
月間利用者数約9325万人・掲載店舗数約83万店舗(2022年6月時点)である巨大グルメサイトによる一方的な評価点アルゴリズムの変更が、相手方に不利益となるような取引条件の設定、変更又は取引の実施(2条9項5号ハ)に当たるかどうかが争点といえます。
- 結果
2022年6月16日、東京地裁は、一方的なアルゴリズムの変更は優越的地位の濫用に当たるとして、3840万円の損害賠償の支払を命じました。
公正取引委員会は、評価点がユーザーからの評価がどのくらい集まっているのかという見方を示す指標である以上、評価点の付与は相手方に不利益となるような「取引の実施」に当たるという意見を示しています。
なお、原告と被告のいずれもが控訴したため、判決は確定していません。
まとめ
・優越的地位の濫用は、独占禁止法における不公正な取引方法の1類型として禁止されています。
・優越的地位の濫用に当たると認められた場合、排除措置命令や高額な課徴金納付命令、刑事罰がなされるおそれがあります。
・近年では、有力なデジタルプラットフォームの登録事業者等に対する濫用行為が問題となっています。